“日本茶オールスターズ”
がつなぐ、
日本茶の今と未来。
映画「ごちそう茶事」

“日本茶オールスターズ”
がつなぐ、
日本茶の今と未来。
映画「ごちそう茶事」

2021年5月1日、八十八夜の日に公開された日本茶ドキュメンタリー映画「ごちそう茶事」。ひとりの“日本茶ファン”として本作を手がけたプロデューサー・たかつまことさんに、映画に込めたメッセージをうかがいました。

“いい偶然”があれば、うつわ一杯の日本茶は人の心を動かす

一杯のお茶がつくり出す、ちょっと心が動く時間。そんな、「うつわ一杯の非日常」を生む日本茶の今とこれからを、世代と国籍を超えた22人の茶人たちが語りつないでいくドキュメンタリー映画「ごちそう茶事」が、2021年5月1日に公開されました。

「日本茶は、今とこれからがおもしろい」。そう話すのは、本作の発起人であり脚本・プロデューサーを務めた、たかつまことさん。自分はあくまでひとりの“日本茶ファン”だという彼は、映画製作未経験ながら、企画立案からクラウドファンディングでの資金集め、撮影、編集に至るまでの全体を指揮し、約3年をかけて本作を制作してきました。

そもそもたかつさんが日本茶に興味を持ったのは、今から10年前の30歳手前のころ。お茶の卸小売店を営む実家で日本茶インストラクターの教材を見つけ、勉強を兼ねて日本茶の店を巡り始めたのがきっかけでした。そこで偶然出会ったのが、本編にも登場する和多田 喜さんが手がける日本茶カフェ「茶茶の間」です。

「和多田さんが淹れてくれた、香駿(こうしゅん)の味は忘れもしません。店を出てから数十分経っても口の中に心地よい甘みの余韻が残っていて、それまで自分が知っていたものとはまったく別物の“新しい日本茶”に出会った感覚でした。はじめて、日本茶を“意識”した瞬間でしたね」。日本茶インストラクターの資格を取得すると、同期と4人組のお茶男子ユニット「オッサム・ティ・ラボ」を結成。個人でもイベントやワークショップなどを通じて日本茶の魅力を発信し続けています。

映画を作り始めるに至ったのも、一本の作品との出会いから。それが、コーヒーのドキュメンタリー映画「A FILM ABOUT COFFEE」です。2018年の冬、知人に誘われて同作の上映会に参加したたかつさん。コミュニティスペースに5、6人が集まり、テーブルを囲んで映画を観たあとに、コーヒーを飲みながら映画について語り合うという小さなイベントでした。

「鑑賞後に紙コップでコーヒーを飲みました。紛れもないただの“紙コップ一杯のコーヒー”なのに、飲むと、映画の中の情景や人の顔が思い浮かぶんですよ。味覚だけではない心が温かくなる感情が湧いてきて、なんてリッチな体験なんだと感じました。と同時に、こんな体験が身近にあるコーヒーの世界がちょっと羨ましくて悔しくて(笑)。日本茶でもやりたいって思ったんですよね」

上映会には「友達に誘われて」「偶然告知を見てなんとなく」という理由で参加した人も多く、コーヒー好きばかりでなかったことも映画制作の動機になったのだそう。自分が「茶茶の間」と出会ったように、“いい偶然”さえあれば、“うつわ一杯の日本茶”ももっと多くの人の心を動かすことができる。そう確信したのです。

 

日本茶は“日常以上、特別未満”。非日常をスタンダードにしたい

今回の映画でたかつさんは、日本茶がつくり出す豊かな時間を“うつわ一杯の非日常”と表現しています。 日本茶をこよなく愛し、日々楽しんでいる彼でさえ、日本茶は“非日常”のものなのでしょうか?

「僕は、日本茶は日常と特別の間にあると思っています」と、たかつさん。今、お茶はいつでもどこでも手に入り、存在を意識しないくらい日常的なものになりました。口にすることに特別な目的もなければじっくりと味わうこともない、いわば“日用品”。しかし、たかつさんをはじめとした日本茶ファンたちが楽しむのは、そんな日常からは半歩先に進んだ“嗜好品”としての日本茶です。この映画は、“日用品の日本茶=日常”と捉えている人に向けたものだからこそ、あえて非日常という言葉で表したのだといいます。

「だからといって、日本茶はけっして厳格な伝統に縛られていたり高級店で味わう特別なものではありません。本編の最後で漆茶家の小幡くんが語ってくれているように、『自分で意識して選んだお茶を、無意識で飲む世界』が僕も理想です。コーヒー好きがさまざまな産地やロースターのスペシャルティコーヒーを気分や好みに合わせて楽しむのと同じように、日本茶も“日常以上、特別未満”、そんな存在になればいいなと思っています」

 

日本茶のおもしろさを伝える、“日本茶オールスターズ”の言葉のリレー

その想いを託したのが、22人の茶人たちです。本編では、茶農家、茶師、淹れ手、研究者など、世代や国境を超えたさまざまな茶人たちが自らの言葉で日本茶を語ります。皆、立場や考えは違えど、心から日本茶を愛し、その可能性を信じ、自らの仕事に誇りを持つ職人ばかり。

日本茶は今、大きな変革期にあるとたかつさんはいいます。年を追うごとに、辞めていく農家が増えるなど、産地の規模の維持が難しくなっている一方で、生産者、淹れ手、日本茶ファンが、それぞれの立場から日本茶に新たな価値を見出し、多様性とおもしろさをより広げようと切磋琢磨している真っ只中。

映画に登場する22人の茶人たちはすべて、たかつさんがこれまでの活動の中で出会ってきた人たちです。人選は、例えるなら、野球少年が理想のオールスター球団を妄想するのと似た感覚で決めていったそう。「『今とこれからの日本茶のおもしろさを伝える』というストーリーにおける、その時のたかつ的“日本茶オールスターズ”とでもいいましょうか(笑)。映画を作り始める前に直接出会って影響を受けた彼らが日本茶の何に魅せられ、何を考え、どのような景色を見ているのか。そこに、僕が伝えたいことが詰まっていると思ったからこそ、彼らのまっすぐな言葉を紡ぎました」

クラウドファンディングのリターンとして作った「ごちそう茶事」の文字が入った急須

自分が数年かけて彼らから少しずつ教えてもらった日本茶の奥深さを、この映画に集約させることこそ、映画を観た人が日本茶のおもしろさに気がつく近道になるはず。本編には登場しませんが、たかつさん自身も、日本茶を愛し、日本茶の可能性を信じる23人目の茶人といえるでしょう。

 

映画を観た人たちがバトンをつなげば、理想の未来はやって来る

最後にたかつさんは、本作をただ“観る・知る”だけで終わってほしくないと話してくれました。自身が影響を受けた「A FILM ABOUT COFFEE」の上映会のように、映画を観ながら、もしくは映画を観たあとに、日本茶を飲んだり、感じたことを自由に語り合ったりできる“体験する映画鑑賞”を思い描いています。

映画を観たあとにお茶を楽しんでもらえるようHPでは「合組・香駿・烏龍茶」の3種が入ったアソートメントセットを販売中

ゆえに、あえて作中では「これからの日本茶はこうあるべき」「これこそが日本茶の魅力だ」と、ひとつの答えを導くことはしていません。映し出されているのは、ただ、茶人たちが楽しそうに日本茶を語り、真剣な眼差しで仕事に向き合い、美味しそうに日本茶を味わう姿。「日本茶について学んでほしいわけではなくて、観終わったあとに『お茶っておもしろそう』『日本茶を飲んでみたい』という感情が残ればそれでいいと思っています。無意識で日本茶を飲んでいた人が、意識するようになるための“いい偶然”をつくることが、この映画の役割」と、たかつさん。

観る人によって、誰のどの言葉に惹かれ、何を感じるかも違うでしょう。日本茶に詳しくない人には少し難しい言葉も出てきます。だからこそ、ぜひ日本茶ファンとファン予備軍が混ざり合って、小さなお茶会を開くような感覚で一緒に楽しみ、好きに日本茶を語ってほしいとたかつさんはいいます。

普段、自分が何気なく触れているものでも、誰かがそれをとびきり嬉しそうに話しているのを見ると不思議と興味が湧いてくるものです。自分が好きになったものはぜひ、誰かにその魅力を伝えてください。「ごちそう茶事」を観た人が、また誰かを誘って上映会を開きリレーのようにバトンをつないでいけば、“日常以上、特別未満”、そんな日本茶の未来は意外とすぐにやって来るかもしれません。

 

◆ごちそう茶事 -A film about Japanese tea-

公式HP:https://gochisochaji.com
オンデマンド配信:
(日本語版)https://vimeo.com/ondemand/gochisochaji
(英語字幕付)https://vimeo.com/ondemand/gochisochajie

写真・吉田浩樹 文・山本愛理