日本茶の新たな市場として期待される「ボトリングティー」
「ボトル1本 60万円」。これは、ビンテージワインの価格でもなければ、年代物のウイスキーの価格でもありません。2016年に「ロイヤルブルーティージャパン」が発売した、ワインボトル入りの“日本茶”飲料『King of Green HOSHINO Super Premium』の価格です。福岡県星野村の希少な手摘み茶葉と水だけを使い、3日間かけてじっくりと非加熱抽出された、れっきとした「お茶」。当時はメディアでも取り上げられるほど話題になりました。
近年、こうしたワインボトル入りの高級日本茶、いわゆる「ボトリングティー」の市場が少しずつ広がりを見せています。手がけるブランドは、老舗の茶業者から新規参入のスタートアップ企業までさまざま。
なぜ今、ボトリングティー市場が動き出しているのか。その価値や魅力、そしてメリットはどこにあるのか。2022年11月に自社ブランドを立ち上げ、今年の2月からは日本料理の名店「日本橋ゆかり」(東京)でも取り扱われるなど、期待のボトリングティーブランドとして注目される「IBUKI bottled tea」の発起人、「カネス製茶」4代目の小松元気さんに教えていただきました。
教えてくれた人:カネス製茶・小松元気さん
そもそも「ボトリングティー」の定義とは
実は現状、厳密に「ボトリングティー」の定義はありません。というのも、ボトリングティーは、2007年に「ロイヤルブルーティージャパン」がワインボトル入りの高級茶を発売したのを皮切りに、ここ15年ほどで少しずつ広がってきたまだまだ新しいプロダクトです。公式に取り仕切っている組織や団体があるわけではないので、今は各ブランドが独自のコンセプトと価値付けで展開しています。
その中で、あくまで今市場に出ているものに見る一般的な見解と、私が考えるロジックからですが、主に3つの共通認識があると思っています。
①高品質の茶葉を使用し、茶葉から抽出していること
②ボトルに入れられていること
③冷蔵または常温での販売、飲用を推奨していること
ただし、抽出・充填の技術や、単一品種なのか合組なのかなど、細かな商品設計はブランドそれぞれといえるでしょう。
ボトリングティーが高価格な理由は、「オンリーワン」の価値があるから
今ボトリングティーを展開するブランドの多くは、原料である茶葉や水、製法などにさまざまな独自性を持たせることで高い付加価値を付け、高価格帯で販売しています。手頃なもので数千円、より高級なラインになると数十万円になるものも少なくありません。
価格が高い理由は、シンプルに「圧倒的な独自性がある」からです。
特に茶葉は農作物ですから、その品質は生育環境に大きく起因します。これもあくまで私の見解ですが、それぞれの土地でつくられる茶葉は、その栽培に適した土壌や気候、そして確かな技術を持った生産者がそろって初めてできる、“その土地でしかつくれない”もの。たとえば僕らでいえば、静岡県島田市に根差し、南アルプス山脈の源流である大井川の水と、この環境を熟知した当社の茶園の職人によって20年以上かけて開発した「金谷いぶき」という品種がその象徴です。
加えて、ボトリングティーの場合はそこに加工技術が加わる。茶生産者が心血注いで栽培した茶のポテンシャルを最大限に引き出せるか、その味わいを損なうことなく製品化できるかなども、それぞれのブランドがあらゆる手法を試して独自の製法を導き出しています。
地域、生産者、加工技術……、どれが変わってもほかの場所で同じ味を再現することができない「オンリーワン」。それこそがボトリングティーが高価になり得る理由であり、私はその価値は大いにあると考えています。
ボトリングすることのメリットはクオリティの担保だけじゃない
ボトル詰めすることで、味が変わるのか? という疑問を抱く方も多いかもしれませんね。誤解を恐れずにいうと、もしまったく同じ茶葉を使って、水、温度、抽出時間などすべて同じ条件で淹れたとき、ボトルに詰めるか急須で淹れて飲むかによって、味覚成分に大きな違いはさほど出ないかもしれません。
ただ、お茶の美味しさは水質と温度に大きく依存しますから、もし同じ茶葉を持っていたとしても、その美味しさを家庭で再現できるかといえば、まず難しい。ボトリングすることで、誰でも・どこでも・いつでも、確かな味が担保されることは大きなメリットの一つのはずです。特に、嗜好性が高くなればなるほど味わいは繊細になりますから、それを適切に伝えるためには非常に適したスタイルだといえます。
もう1点、品種の特徴やその違いがより鮮明に表現されていることも、ボトリングで得られる利点です。これはボトル詰めしたから味がわかりやすくなるのではなく、ボトルごとに差を感じられなければ、消費者がそれぞれの味わいや好みを判断できないため、製造側が意識してそのように仕上げている傾向があります。
一方で、僕ら「IBUKI bottled tea」も含め、おそらく多くのブランドがボトリングティーで目指しているのは、単にクオリティの高い日本茶飲料を届けることだけでなく、その先にある、消費者のマインドチェンジや、嗜好品としてのレベルアップではないでしょうか。ワインボトルに入っていることで消費者がお茶を見る目が変わったり、生産者や地域に興味を持ったり、味の違いを感じ取ろうとしたり……。いわば、お茶の美味しさや価値を再発見してもらえることが、ボトリングティーの存在意義の一つです。
カネス製茶が「IBUKI bottled tea」で目指す、茶の価値の底上げ
ここからは一般論としてではなく、私個人が「IBUKI bottled tea」に託した想いですが、ボトリングティーは「お茶の価値を底上げしてくれる」ものだと思っています。
「IBUKI bottled tea」は、静岡県島田に根差した、強い旨味と芳醇な香りを持つ“日本茶の正統派”ともいえる味わいの茶葉と、超軟化させた新鮮な大井川の水を使い、ミクロレベルの3層フィルターで非加熱抽出することで生み出した、最後の一雫まで凝縮された旨味が味わえるボトリングティーです。いわば「本当に美味しい静岡の日本茶」。どんな繊細な風味も逃すことなく、茶葉そのものが持つ力の限りをすべて注ぎ込みました。
もちろんこの1本は、物理的な“製品”として見れば、ワインボトルに入った24,840円(税込/750ml)のお茶です。でも、実際に飲むシーンを思い浮かべてみてください。きっと「いいお茶だからちゃんと味わって飲もう」「せっかくだから、ちょっといいワイングラスに注いで、いつもより豪華な食事を用意しよう」「特別な日に、大切な人と楽しもう」……。そんな心持ちになると思いませんか?
ボトリングティーづくりは、美味しい日本茶飲料をつくることに留まらず、その先の「消費するシーンをデザインすること」だと僕は捉えています。
消費者が日本茶に正面から向き合い、味わい方・見方を変えてくれれば、日本茶の価値は底上げされる。それがひいては、茶産業の技術や文化を後世に受け継ぐことにつながると思うんです。
日本茶を「日本人のアイデンティティ」として取り戻す
ボトリングティーの需要はこれからより高まっていくと感じています。「IBUKI bottled tea」においては、今はまだWEB販売がメインですが、日本料理「日本橋ゆかり」様での取り扱いが決まり、またインバウンドやお酒が飲めない方の嗜好飲料として、ホテルや高級飲食店からの手応えも感じている。
この「IBUKI bottled tea」のスキームを確立させることで、モデルケースになりたいんですよね。自分が初めてボトリングティーを飲んだとき、「これはすごい! 日本茶にはまだまだ未知の可能性があるかもしれない!」と感動したように、同世代、そしてより若い世代に「お茶っておもしろいじゃん、やってみたい!」と思ってほしい。やっぱり若いプレーヤーを増やしたいですから。
描くのは、誰もが当たり前に自分の好きなお茶や品種を語れる「日本茶が日本人のアイデンティティのひとつになる時代」。ボトリングティーは、その足がかりになるはずです。