日本茶のNO.1品種
「やぶきた」とは?

日本茶のNO.1品種
「やぶきた」とは?

日本茶には、さまざまな個性を持った120を超える品種があるにもかかわらず、国内の茶の栽培面積の7割以上を「やぶきた」が占めています。なぜ「やぶきた」はこれほどまでに広く普及してきたのでしょうか。その特性や歴史的背景を紐解きます。

日本茶シェアNO.1品種であり続ける「やぶきた」

「緑茶」や「煎茶」と一括りにされることが多い日本茶にも、米の「コシヒカリ」「あきたこまち」と同じように多くの品種があります。2020年現在、その数はなんと120以上。中でももっとも広く栽培されているのが「やぶきた」です。国内の茶の栽培面積の実に71.5%を占める、いわば日本茶の代表選手(出典元:農林水産省「茶をめぐる情勢」令和2年7月)。一般的に「緑茶」と呼ばれているものの多くは「やぶきた」が用いられており、長く「やぶきた」一強の時代が続いてきました。

そこで今回は、「やぶきた」のシェア率が高い理由やその特性について、世界初の品種茶専門店「心向樹(しんこうじゅ)」代表であり、民間“品種専門家”として活躍する川口史樹(かわぐち ふみき)さんに教えてもらいます。

 

 

「やぶきた」誕生の背景

竹藪の北で生まれたから「やぶきた」

「やぶきた」が誕生したのは明治時代のこと。生みの親は静岡県の杉山彦三郎(すぎやま ひこさぶろう)という人物です。当時はまだ“品種”の概念はほとんどなく、各土地に自生していた在来の茶の樹を種から育てる実生(みしょう)という栽培方法が主流でした。

実生は、自然に任せて受粉をさせるために樹々ごとにその味わいや育ち方が異なり、どうしても品質が安定しません。そこで「もっと育てやすく、より味の良い茶を」と、杉山氏は静岡県静岡市清水有度に所有していた竹藪を開墾して茶園を造成。さまざまな種を集めて蒔き、成長した樹から良いものを選りすぐってはまたその種を蒔いて育てることを繰り返して、最終的に優良な2本の樹を選抜しました。

2本のうちかつての竹藪の北側に植えたものを「やぶきた(藪北)」、南側に植えたものを「やぶみなみ(藪南)」と命名し、より優れた樹に育ったのが「やぶきた」だったのです。「やぶきた」は、1945年(昭和20年)に静岡県の奨励品種に、1953年(昭和28年)に農林水産省の登録品種に指定され、その後品評会で高く評価をされるにしたがい全国に広まるに至ります。

 

 

なぜ「やぶきた」一強と言われるまでになったのか

「やぶきた」がここまで大きくシェアを広げたのには、3つの大きな理由があると川口さんは言います。ひとつめは、品質の高さです。さわやかで深みのある香りを持ち、旨味・甘味・渋味・苦味のバランスが良好。また色沢にも優れた「やぶきた」は、杉山氏が努力の末に生み出しただけあり、まさに“日本人好み”の味わい。

残りの2つの理由は、生産面での利点です。川口さん曰く「やぶきた」は当時の他の品種と比べて非常に管理のしやすい品種だそう。やや耐病性には難を持ちますが、気候や土壌などの環境に左右されにくく、ある程度きちんと手入れをしていれば安定して育てることができます。

「3つめの理由は摘採期間いわゆる“摘みごろ”が長いことです。茶は品種によって摘採時期が決まっているのですが、ピークを逃すと個性が薄れてしまうだけでなく、臭みが出てしまったり色味が急に悪くなったりしてしまいます。その点『やぶきた』は、やや若い芽でも少し長めに育ってしまった芽でも特性を失いにくく、美味しいお茶をつくることができます。農家にとっては利点がとても多い品種なのです」。

そんな優良品種である「やぶきた」ですが、すぐに日の目を見たわけではありません。茶は、野菜などの草本植物と異なり樹木に当たる木本植物。そのため収穫までには最低でも植えてから3〜4年はかかります。初めはごく一部で栽培されていたものが少しずつ栽培地域を広げ、ある程度の農家や土地でつくられるようになるのに10数年。それがさらに全国で広く認知されるまでには実に数十年の月日がかかるのです。

昭和になって「やぶきた」が品評会で高い評価を得るようになると、当時は他に対抗する優良なライバル品種がなかったために各地の農家はこぞって「やぶきた」の栽培に着手。同じ品種の苗木を安定生産する挿し木(クローン苗)技術が発達したことも相まって、「やぶきた」は一気に全国に普及しました。さらに茶の樹は一度植えると30〜40年は生産性が保たれるという一面を持つために、一度独占したシェアは最低でも数十年は続くことになります。また、高度経済成長、バブル時代といった“作れば売れた時代”背景や、同じ味の緑茶を大量に効率よく生産することを優先した業界の後押しもあって、結果的に「やぶきた」一強の状態が現在に至るまで長く続きました。

 

「産地と値段」から「品種」へ。変わり始めた日本茶の選び方

しかし近年、日本茶の品種を取り巻く環境は変わり始めていると川口さんは言います。「『やぶきた』から別の品種に植え替える農家が増え始め、それに伴って『やぶきた』が占める栽培面積の割合は相対的に減少しつつあります。つまり、品種が多様化し始めているということです」。

それは日本茶が、品種による香味の違いを楽しむ“嗜好品”としての一面を持ち始めたことが大きな要因です。加えて、研究者たちによる長年の品種開発が実り、「やぶきた」よりも栽培しやすい品種や、品質に優れた品種が続々と誕生したこと、現代の情報化社会により、さまざまな情報がよりスピーディーに細かく開示されるようになったことも理由にあげられます。これまでは「値段」と「産地」が主な指標とされていた日本茶の選び方は、「味や香り」そして「品種」に変わってきました。

「今後、品種の情勢はまだまだ変わるでしょう。『やぶきた』はもちろん優れた品種ですが、これからは独占ではなくひとつの選択肢になっていくと思います。今も年々日本茶の品種は増え続けていますから、どんな人にも、より自分好みの品種が見つかるはず。ぜひ『やぶきた』と合わせて、さまざまな品種を飲み比べてみてください」。

 

教えてくれた人| 川口史樹さん

川口史樹(かわぐち ふみき)。世界初の品種茶専門店「心向樹」(埼玉県所沢市)代表。大学時代より植物研究を専門とし、前職で茶の品種の研究に従事。5年で延べ3万種類以上のお茶を飲み、お茶が持つ“本当の価値”に魅了され2016年に「心向樹」を創業。2018年には「日本茶AWARD」で史上初の3冠を達成する。現在は茶業コンサルタント、茶業界唯一の民間“品種専門家”として、執筆や講演等でも活躍。著書に「茶の品種」(静岡県茶業会議所)。

写真・吉田浩樹
文・山本愛理