目利き力・判断力・交渉力が求められる、荒茶の買い付け
※「茶市場を知る①|『茶市場』の役割と仕組みとは? お茶だけを取引する超専門市場」はこちら
新茶の収穫シーズンである4月〜6月、全国各地の茶市場(ちゃいちば)ではお茶の取引が盛んに行われます。お茶といっても茶市場で売買されるのは、主に仕上げ加工をする前の原料である「荒茶」。買手となるのは製茶問屋や飲料メーカーの仕入れ担当者で、原料調達ルートのひとつとして茶市場での買い付けを行っています。
どんな茶葉をどれくらいの量、誰からいくらで買い付けるのか。買手にとって荒茶の仕入れは、優れた素材を見極める目利き力はもちろん、その年の需要やトレンドを予測しながら、買う茶葉の種類・量・価格などを判断し、さらには売手である生産者との商談を成立させなければならないタフな仕事です。
静岡茶市場の初取引で44年連続! 最高額で新茶を落札する「和田長治商店」
そんな中、静岡茶市場の新茶の初取引において44年連続で機械揉みのお茶を最高額で購入し続けているのが、静岡市葵区の製茶問屋「和田長治商店」。1950年、現在の3代目・和田夏樹さんの祖父である長治さんが創業した和田長治商店は、当初から主に県山間部で栽培されるお茶を扱ってきました。
昔ながらの炭火と和紙を使った製法でつくる「炭火茶」や、幻の茶産地といわれる両河内(りょうごうち・静岡県清水区)のお茶の伝統を伝えながら、お客様のニーズに合わせた商品づくり、ワークショップなどにも積極的に取り組んでいます。
「祖父から三代、両河内地区で育てられた初物の茶葉を静岡茶市場における初取引の最高額で買わせていただいてきました。それは、確かな品質のお茶に最高の評価をつけることで、『これからも静岡の高品質なお茶をしっかりと仕入れていくんだ』という決意を示すと共に、その価値や魅力を多くの人に伝えたいから。おかげさまで近年は、東京のカフェやホテルなどとの取引も増えました。ただそれもすべて、切磋琢磨しながらもこれまで一緒に静岡茶をつくり・守ってきた同業の茶問屋の方々の支えがあってこそ。常に彼らへのリスペクトと感謝は忘れません」(和田さん)
今回は、和田さんが大切にしている両河内のお茶の魅力や静岡茶市場の伝統と共に、茶市場における買手の仕事を教えていただきます。
「相対取引」で培われる、茶商としての目利き力と信頼づくり
静岡茶市場で新茶の取引が始まるのは毎年4月中頃。そこから2番茶の出荷が終わるおよそ6月末までが最盛期となり、ほとんどの場合、生産者・茶問屋共に毎日上場と買い付けを行いに茶市場にやって来ます。初取引の日に上場される茶葉がもっとも芽が柔らかく香りも芳醇で質がよいとされており、初日はその年の出来への期待感も重なって茶市場は熱気は最高潮に。
「1日の生産量が限られるため、基本的に仕入れは毎日行います。新茶シーズンは毎朝6:30に取引開始なので、5:30頃には茶市場に来ますね。早朝にも関わらず、市場にいる人たちは目の色を変えてお茶を見ていますよ(笑)」と、和田さん。
「茶市場を知る①|『茶市場』の役割と仕組み お茶だけを取引する超専門市場」でも紹介したとおり、和田さんが主に仕入れを行っている静岡茶市場では
①拝見(買手による茶葉の品定め)
②取引(仲立人を介し、売手と販売価格・量などを交渉)
③成立
という流れで、荒茶の売買が行われています。
入札や競り売りではなく、それぞれの茶葉の販売価格や量を、売手・買手・仲立人の3者による協議で決める「相対(あいたい)取引」が受け継がれている静岡茶市場。交渉成立したものから他社は取引ができなくなってしまうため、買い付け順や交渉方法の工夫など、買手にはさまざまな技術が求められるといいます。
1. 目利き力|お茶は見た目も大事! 質を見極めるポイントは外観と香りにあり
買い付けの際、和田さんが質の善し悪しを判断するポイントは主に2点です。
ひとつは「外観」。見た目が美しいお茶は、湯で戻す際にストレスなく葉が広がることから雑味のない美味しさの証とされており、外観はいいお茶を見極める大きなポイントです。特に、和田長治商店が力を入れる両河内のお茶は、芽が柔らかく針のようにピンと伸びた形状が特徴だそう。
もうひとつは「香り」です。実際に茶葉を手に取り、鼻に近づけて香りを確かめます。これによって、見た目だけではわからなかったポテンシャルを見出し、細部の品質を確認します。また、より欠点をわかりやすくするために熱湯を差して追加の判断材料にしたり、水色を見たりすることも。
「尊敬するベテラン茶商さんたちに育ててもらいながら現場で経験を積み、知識や目利き力を養ってきました。もちろんまだまだ彼らのスキルには敵わない部分もありますが、僕らは若い分、視力や嗅覚は鋭いはずですから負けてられません」
2. 交渉力|生産者とも同業者とも真剣勝負! 相対取引だからこそできる意思表示も
仕入れたい茶葉が決まったら、生産者と仲立人を交え、生産者が提示した希望販売価格をベースに3者で交渉をスタート。
相対取引は、決裂さえしなければある意味で早いもの勝ちです。大手メーカーのように買い付け担当者が複数人いる場合、同時にいろいろな茶葉が見られたり、相談しながら価格調整ができたりと、有利な面もあります。その一方で、和田長治商店のような個人の茶問屋だからこそできる工夫も。
たとえば、予算や購入量はすべて自分でハンドリングできるので、どうしても欲しいと思ったものは「高くても買うから」とキープしたり、信頼をおく生産者のお茶は2番茶分までの全量を初日に買い取る契約をしたりすることもあるのだそう。もちろん、毎日同じクオリティの茶葉が出来上がってくるとは限らないため多少のリスクはあるといいますが、買手にとっては相場に左右されず、売手にとっては確実に安定的した収入が得られるというメリットがあるといいます。
「生産者を信頼しているからこそできる買い方です。私の想いは『その土地らしい、いいお茶をつくり続けて欲しい』、ただそれだけ。全量買いは『私が買うので、一緒にいいお茶をつくっていきましょう』という意思表示でもあります。そうすれば、生産者の皆さんは必ず応えてくれますから」
3. 信頼関係づくり|“見える”からこそ保たれる茶市場の秩序
また交渉はオープンな場で行われるため、自分がどの地域のお茶を、誰から、どのようにして買ったのかが市場にいる全員に見られていることも静岡茶市場の特徴です。つまり、買い方ひとつで、買手の意志や姿勢が茶市場全体に伝わります。
ましてやそのうちの約半数は、和田さんのような製茶問屋。和田さんが仕入れた荒茶の質・おおよその価格を知る彼らがその後、それを使って和田長治商店が仕上げたお茶を購入することも少なくありません。だからこそ値付けはより難しく、一方で、適正な秩序が保たれている面があるといいます。
「相対取引は確かに、茶商としての技術以外にもいろいろな面への心遣いや根回しが必要ですし、一方で商売人としての競争心も捨て切れないという独特の仕組みです。でも私は、静岡茶市場に受け継がれる素晴らしい文化だと思っています。祖父はよく『お茶を買うより、人を買え』と口にしていました。お茶の取引は、お金のやりとり以前に、人と人との間で成り立つもの。生産者、同業者と信頼関係を築きながら、共にお茶を守り育てていけるのが相対取引の魅力です」
「44年連続最高額」は、みんなの成果。「いいものを守りながら、新しいお茶の時代をつくりたい」
最後に、「茶市場が単に売買だけの場だったら、とっくに入札式になっているでしょうね」と話してくれた和田さん。和田さんは、和田長治商店が40年以上にわたり、初取引で最高値を付け続けられるのは、静岡茶市場がこうした人と人との信頼関係で成り立っているからだと考えているのだそう。
「私は、両河内のお茶が大好きです。祖父の代から『うちが高く買うから、一緒にこのお茶を守ろう』と、買手と生産者、そして地域が一丸となって育ててきました。『いいお茶をつくって、最高値を獲ろう!』という意識がみんなにある。和田長治商店が毎年、両河内のお茶に最高額をつけ続けることは、このお茶を大事にしたいという私たちのメッセージです」
しかしそれも、静岡茶市場に関わるすべての……茶農家や農協をはじめ、茶市場職員、茶市場周辺の地域住民、消費者、そしてやはり、同業である製茶問屋が、和田長治商店を見守り、認め、応援してくれて初めて実現することだと和田さんはいいます。誰かが無理にでもほかのお茶にもっと高値を付けたり、和田長治商店が仕上げたお茶が評価されなかったりしてしまえば途切れてしまうのですから。「和田長治商店が初取引で両河内のお茶を最高値で買う」という事実は、みんなでつくり上げている。そう感じていると話してくれました。
—— 今、茶業界は時代に合わせて大きく変化が求められています。しかし「いいものはいい」という事実は変わりません。和田さんが目指すのは、その土地ならではの茶葉の魅力や素晴らしい伝統を自分たちらしく受け継ぎ、次の世代に紡いでいくこと。
「『和田長治商店を介せば、いいお茶になる』と、託してくれたすべての生産者や同業者の想いに感謝しながら、いいお茶をつくることで応えたい」と、力強いメッセージを残してくれた彼の今後の活躍からも目が離せません。