茶農家と海外の架け橋に、
“日本茶マラソン”の舞台裏

茶農家と海外の架け橋に、
“日本茶マラソン”の舞台裏

日本茶の魅力を海外に発信することを目的に、2021東京オリンピックに合わせて2021年7月23日~8月8日の期間に開催されたオンラインイベント“「日本茶マラソン”」。日本の茶産地と海外の参加者をオンラインでつなぎ、17日間にわたって日本全国15カ所の茶産地を巡りました。世界60ヵ国からのべ5,200名もの日本茶愛好家が参加し、大きな盛り上がりを見せた今回のイベント。その舞台裏を立役者である松本靖治さんに伺いました。

◆松本靖治さん プロフィール

一般社団法人国際日本茶協会共同経営責任者・日本茶インストラクターとして、日本茶の魅力を世界へ伝える活動を行う。副代表を務める「京都おぶぶ茶苑」では、国際インターンシップ制度を導入し、世界各国の研修生に日本茶作りを指導するという、ユニークな取り組みを行っている。

 

 

日本茶マラソンを開催したきっかけを教えてください。

もともとは、2020年のオリンピック期間中、海外からのお客様向け観客に日本茶をPRするイベント“東京大茶会”が開催されることになっており、日本茶業中央会からの依頼で、そのサポートをする予定でした。しかしオリンピックが延期になり、「たとえコロナ禍でオリンピックが開催できなかったとしても、オンラインでできるイベントを」、ということで、今回の“日本茶マラソン”を開催することになりました。

 

 

具体的にはどんな内容だったのでしょう?

オリンピックに関連付けて“マラソン”と銘打ち、期間中、参加者とオンラインで繋ぎ、日本各地の生産地・生産者を紹介するという内容です。意識したのは、生産者・生産量ともに減少している日本茶業界の現状と、一方で熱い想いを持った生産者が個性あるお茶を作っているという多様性、その両方を伝えることです。

 

 

どのように15の生産地・生産者を選んだのでしょうか?

まず生産量の多い産地。そして生産量は多くないけれど、後醗酵の珍しいお茶・碁石茶を作っている高知のようなユニークな産地も入れました。生産者は、産地の特色と茶種、生産者の特色など様々な要素のバランスも考慮しながら多様性を伝える、という観点で選ぶと、お茶の仙人のような人、絶滅危惧品種のようなお茶を作っている人など、自ずと個性あふれる顔ぶれになりました。

紹介するお茶は各産地から2種類ずつ、その産地ならではのお茶を選んでほしいと依頼しました。例えば宮崎では、代表品種ではないけれど、ウーロン茶と三年番茶を紹介して貰うなど、その土地や生産者の特色、多様性を出せる銘柄を揃えました。

 

 

実際のプログラム内容を教えてください。

その場所に行きたいと思って貰うことが大切なので、まず観光地やグルメ情報などもいれて県の紹介、続いて茶産地→生産者の紹介という構成です。冒頭では、事前に私が各産地を周って撮影した動画を流しました。

どんなお茶なのか、生産者の想いなど、その産地の個々の魅力を伝える内容にするため、場所によって異なる茶畑の土は必ず映すなど各産地の違いがわかるように工夫しました。

参加者には現地の様子を見ながら実際にお茶を味わって欲しかったので、紹介する日本茶を200名限定で事前に無料配送しました。世界60ヵ国からのべ5,200人が参加し、約8割が10日以上、約4割が15日間フルで参加してくれました。まさにフルマラソンです。

 

 

どんな人が参加しましたか?

お茶販売店のオーナーなどお茶を専門的に扱っている人や、お茶を勉強している人が多かった印象です。ティーマスターを養成するようなお茶の教育機関は世界中にあるのですが、そこで学んでいるような人たちですね。海外では、お茶と言えば中国、インド、ケニアなど世界中のお茶が対象で、これら教育機関では、そういったお茶全般について教えているのです。

 

 

日本茶マラソンをやってみどのようなことを感じましたか?

まだまだ海外に日本茶の情報が伝わっていないというのが実感です。日本茶の生産量は、世界全体の1~2%ですが、抹茶や、蒸して作るという製法など独特な部分が多く、存在感はある。海外のお茶愛好家にとっては、日本茶は面白いけれど、生産量も英語の情報も少なく未知の部分が多い、という存在だと思います。そんな英語の情報に枯渇している人たちがまさに今回の参加者で、「まだまだ知らないことがたくさんあった」という声が多かったです。

 

 

参加者の反応はいかがでしたか。

皆おいしいと言ってくれました。顔出しで参加してくれた人たちは、日本茶のことを良く知っているコアな愛好家が大半でしたが、宮崎の三年番茶や、西尾のオーガニックの抹茶など、個性派のお茶への反応が特によかったですね。

彼らとのやりとりのなかで感じたのは、本当はもっと深く知りたいけれど、情報が少ないために、どんな質問をしていいかわからない状態、ということ。もっと深い情報へのニーズがあるとわかりましたし、彼らが興味を持つポイントを刺激できたかなという手応えもありました。

 

 

松本さんが得たこと・学んだこととは?

映像の撮影・制作に携わったことで、日本茶業界を巻き込みながら取り組める目標が増えたこと。実は、動画が想像以上に反響があったので、編集カットしたインタビューなども入れて、ドキュメンタリー映画を作る予定です。映画祭やコンテストに出品して、日本茶の魅力を発信しつつ、どこまでいけるか挑戦してみようと。

今回の映像では“今の日本茶”を切り取っていますが、次のドキュメンタリーでは明治以降、輸出用に生産量が伸び、戦後は国内向け生産が主流となり、頭打ちになって再び海外へ、という日本茶の歴史にもフォーカスするつもりです。そして140年来、生産量第一位だった静岡が、産出額では昨年、鹿児島が首位になりました。今はお茶業界の激動の時代なのです。明治からの流れを描きながら、激動の時代を迎えている今、お茶業界はどうあるべきかという問いを投げかけつつ、日本茶の未来に光を想像させるような作品を構想中です。

 

 

協会として今後どんな取り組みを予定していますか?

日本茶の海外PRは、例えばパリやロンドンなどの大都市で数日間イベントをして終わり、というように打ち上げ花火的に実施しているのが現状。今後は現地に日本茶のコミュニティを作ってもっと継続的にPRできるよう変えていかないと、本当の意味での普及にならないので、そこに注力するつもりです。海外でPRしたいと相談してくれればコーディネートもしますし、一緒に面白いイベントも考えます。それを叶えるための海外の拠点が増えたことも今回のイベントの成果です。

 

 

松本さんのモチベーションの源は?

日本茶を世界に発信するには、一茶産地・一生産者としてではなく、各産地の多様性を伝えつつ、日本茶全体として取り組む必要がある。それが私のモチベーションですね。例えば、ヨーロッパのお茶販売店では、日本産ではない煎茶が出回っていて、ブレンド茶の基材となっていますが、そういったお茶とは違うということを訴求して、純粋な日本茶・アイデンティティを伝えていかないと、と思っています。

 

 

日本茶を海外に普及させるために、生産者はどうしたらいいでしょうか?

これまでは国内だけでやってこれていたけれど、今後は変わっていく必要があると考えています。例えばイタリアは、その土地で生まれ育った人が多く、英語を話さない人もいますが、観光立国として成功し、文化的なものを輸出していますよね。日本も、その土地に合った形で文化を発信できる国であってほしいです。

現状では、海外に目が向いている生産者は少なく、英語でのサイト運営、決済・配送ができる生産者はさらに少ない。今回のイベントで、生産者は英語の問い合わせが増えて四苦八苦していると同時に、自分のお茶が世界に通用するんだということに気づいて興奮もしているはず。ここに気づいて貰えたのも大きな成果です。そんな生産者の方々に協会のメンバーになって貰い、一緒に日本茶の明るい未来を作っていきたいですね。

 

◆日本茶マラソン
HP:https://gjtea.org/japanese-tea-marathon/

写真・吉田浩樹 文・尾崎美鈴