人生を変えた日本茶との出会い
フランスの大学で日本の美術史を学んだのち、日本語に磨きをかけるため来日したフローランさん。「日本のデパートの物産展で飲んだ『煎茶』が本当においしくて。フランスでは飲んだことがあったのですが、香りもうま味も全く別物でした。それ以来、日本茶に魅了され、気づけば今に至ります」と当時を振り返ります。
日本茶に目覚めてからは「もっとおいしく淹れるには」と、本を読むなど貪欲に知識を吸収。「知れば知るほど日本茶の奥深い魅力にはまりました。
フランス語教師や翻訳の仕事などをする傍ら、2009年、フローランさんはフランス人として初めて日本茶インストラクターの資格を取得。「晴れて日本茶にかかわる仕事ができる! と、門を叩いたのが多種多様な茶葉を揃える、老舗日本茶専門店『丸山園本店』でした。ここで専門的な知識や接客を学び、5年間お世話になりました」。
フランス語の日本茶ブログを開設し、
オンライン販売もスタート
平行して、日本茶の魅力を発信するフランス語のブログをスタート。そのブログを通して出会った仲間と、2011年にECサイト「青鶴茶舗」を立ち上げることになります。「当時のフランスには、コアな日本茶ファンがいる一方で、高品質な日本茶を売っているところが少なく、反応がとてもよかったのです。ほどなくして英語、イタリア語、ドイツ語サイトも立ち上げ、ヨーロッパへと販路を拡大していきました」。
また、同時にフローランさんが考えていたのは「香りや味を試して、お気に入りを見つけるのが本来の日本茶だ」ということ。ゆえに、2018年にフローランさんが実店舗をオープンしたのは、自然な流れでした。
好きな茶葉をセレクトすると
個性豊かなシングルオリジンが集まった
一般的な日本茶専門店ではブレンド茶をメインに扱うことが多いなか、多彩なシングルオリジン、なかでも山の傾斜や山間部で栽培される“山のお茶”を主商品としている青鶴茶舗。シングルオリジンに特化している理由は何でしょうか?
「意識したわけではなく、僕にとっては自然なことなんです。好きな茶葉を仕入れていたらこのラインナップになっていました。毎回違う香りや味わいを飲むほうが、楽しいし驚きと感動もあるでしょう? 同じ品種の茶葉でも、育った場所の地形や風土、その年の天候によって、味わいは異なります。加えて作り手や作り方によっても変わってきます。
「例えば、生産量が最も多い『やぶきた』は、数カ所から仕入れていて、それぞれ個性が違うんですよ。フランス語で気候や土壌、地形などを意味する“テロワール”という言葉がありますよね。フランスで生まれ育っているので、そういった感覚が無意識のうちに身についているのかもしれません」。
日本茶のおいしさの構成要素は、香り、コク、うまみ、そして余韻だというフローランさん。茶葉のパッケージにはバター、メロン、ルバーブジャム、ミルクなど、まるでスイーツを表すような言葉でお茶の香りや味わいを表現しています。
茶葉選びの基準は“おもしろい・おいしい・楽しい”かどうか
そんな個性あふれる茶葉は、静岡や茨城などの東京近郊から、滋賀や京都、岡山や福岡などの遠方の産地まで、常時70種以上をラインナップ。栽培現場を見たい、との思いも強く、出来る限り生産地を訪れたり、展示会などで「これは」というお茶を発掘しているそう。
山のお茶が多く並びますが、「これも山のお茶にこだわっているというよりは、“おもしろい・おいしい・楽しい”と思うお茶を選んだ結果、こうなったんですよね。それに山間部での栽培は平地に比べて労力がかかり、効率が良くないので、後継者が少ないんです。そういった産地の生産者を応援したいという気持ちもあります」。
淹れるプロセスも日本茶の醍醐味
日本茶は、水の質やお湯の温度、浸出時間などによって、味わいが変化します。そして茶葉の品種によって、その最適な数値は変わってきます。また、使用する茶器の形状によっても微妙な違いが生まれ、一煎目と二煎目、三煎目は、それぞれ味わいが異なります。
「奥深いでしょ。だからはまるんです。もっと言えば、お茶を淹れるプロセスそのものも日本茶の魅力。まず、その時の気分に合わせて茶葉と茶器を選び、茶器の美しさを愛でながら、茶葉の香りそのものを楽しむ。お湯を注いで静かに待つ時間も豊かなひとときです。お茶を注いだら色を愛でて、一煎目、二煎目、三煎目と味と香りの変化を感じながら飲み進め、最後は余韻を感じる……。ね、楽しいでしょう?」
ここまで種類が多いと、どれを選べばいいか悩ましいところですが、そんな時こそフローランさんの本領発揮です。渋いorまろやか、うまみが強いor軽やかなど、その人の好みを細やかにヒアリングし、最適な茶葉を提案。試飲もさせてくれるので、お気に入りの味を見つけることができるというわけです。
「日本茶はうまみとコクのイメージが強いため、色が濃いものを選ぶ人が多いのですが、そうとも限らないんです。実際には、色が濃く出る深蒸しよりも、浅蒸しのほうがコクも香りも豊かなことが多いんですよ」。そんな、製造方法によっても多彩な味わいを生み出す日本茶。その繊細で奥深い世界を自由にしなやかに楽しみ、魅力を発信しています。
茶器を選ぶ楽しみ・愛でる楽しみ
自由な楽しみ方は茶器もしかり。「気分やお茶に合わせて、毎回好きな茶器で淹れたほうが楽しいでしょう?」と、店内には日本各地の作家が手がける茶器がズラリと並びます。 「作り手の想いが息づいた個性あふれる茶器は、愛でる楽しみもある芸術作品ですよね」とフローラン さん。
その種類は、急須の2大産地とされる愛知県常滑市の常滑焼(とこなめやき)と三重県四日市市の萬古焼(ばんこやき)から、備前焼、有田焼、波佐見焼(はさみやき)など、急須としては珍しい産地のものまで個性あふれる品揃え。形状も、底が平らになっている”平型急須”や、玉露などうまみの強い茶葉に最適な”絞り出し“と呼ばれるものなど多彩です。
選ぶ楽しみ、愛でる楽しみ、味わう楽しみ。常識や慣習にとらわれず、もっと自由に日本茶の世界に遊べば、今まで気づかなかった魅力が見えてきて楽しみ方も広がる――。そんなフローランさんの世界観が広がる「青鶴茶舗」。新たな日本茶体験ができること請け合いです。