美味しいお茶づくりを
支える縁の下の力持ち
「農研機構 茶業研究領域」
とは?

美味しいお茶づくりを
支える縁の下の力持ち
「農研機構 茶業研究領域」
とは?

わたしたちが普段美味しく飲んでいる日本茶。そのお茶を研究している人たちがいるのをご存知ですか? 美味しくて安全なお茶を日常的に飲めたり、新しい品種に出会えたりするのは、茶農家はもちろん、彼らの力があってこそ。まさに“お茶の研究所”ともいえる「農研機構 茶業研究領域」とはどんなところなのでしょうか。

「農研機構 茶業研究領域」は、国家事業として始まったお茶の研究所

日本でお茶の研究が始まったのは、今から120年以上も前の1896年(明治29年)のこと。当時、生糸に次ぐ一大輸出産業であった日本茶の研究は、国家をあげてスタートしました。現在は民間事業となりましたが、農林水産省のサポートのもと、農作物全般の研究開発を行う「農研機構」の「果樹茶業研究部門 茶業研究領域」でさまざまなお茶の研究を行っています。通称、「茶業試験場」とも呼ばれているこの施設の大きな目的は、お茶産業を発展させること。新品種の開発や栽培、製茶技術の向上、そしてお茶が持つ機能性成分の解明、さらには農業技術研修制度によるお茶づくりの技術者育成まで、その取り組みは多岐にわたります。

 

静岡と鹿児島の2拠点、5つのユニットで行われる研究

茶業研究領域でお茶の研究に携わっている研究員は20数名。静岡県の「金谷茶業研究拠点」と鹿児島県の「枕崎茶業研究拠点」の2箇所で、「茶育種ユニット」「茶栽培ユニット」「製茶・土壌肥料ユニット」「茶品質機能性ユニット」「茶病害虫ユニット」の5つに分かれて行っています。今回は「金谷茶業研究拠点」を訪れ、茶栽培ユニット長の佐波哲次(さば てつじ)さんに、“お茶の研究所”の研究内容についてユニットごとに教えてもらいました。

 

1.品種の開発や保存を担う「茶育種ユニット」

まずは「茶育成ユニット」。主に新しい品種の開発と普及、貴重な品種の保存研究を担うユニットです。5つのユニットの中で唯一、枕崎茶業研究拠点で研究を行っています。

たとえば、「サンルージュ」という“赤い色の日本茶”を聞いたことがありますか? ポリフェノールの一種のアントニシアニンを多く含んだ新品種で、2011年に開発されました。「最近は、このような身体にいい成分を多く含んだお茶が求められます」と、佐波さん。単に新しいだけでなく、世の中のニーズや嗜好、農家さんの育てやすさを考え、より高品質でたくさん収穫できる品種を開発しています。また、今では手に入りにくくなってしまった国内外の貴重な品種を保存・研究するのも育成ユニットの大切な役割。100種類ほどを保存しながら、新たな品種の開発に活かしています。

 

2.品種に合った栽培方法を徹底検証 「茶栽培ユニット」

そうしたさまざまな品種のお茶を「どうすればより高品質・安定的に、手間を少なく生産できるだろう……」と、日々検証を重ねているのが、佐波さんが所属する「茶栽培ユニット」です。品種ごとの味、香り、育ち方などの特徴を最大限に活かすための栽培方法を調べています。

お茶の育ち方は、お茶がもともと持っている遺伝子的な要因だけでなく、気候や土壌などの環境的な要因にも左右されるため「拠点がある土地だけですくすく育っても意味がありません。全国の農家さんが栽培するものなので、環境条件に依存しないよう、適正に特性を見極めることが大切です」と、佐波さんは言います。

 

3.茶生産の安定・持続化を図る「製茶・土壌肥料ユニット」

土づくりや肥料も、お茶の栽培には欠かせません。土壌管理から製茶工程まで、お茶の生産の安定化・持続化のための研究を行っているのが「製茶・土壌肥料ユニット」です。地球環境や健康への影響、さらには農家への費用的負担の面からも、過剰な肥料は削減し“適正に使用する”のが現在の傾向。そのためには、いかに効率的に肥料を使用するかが鍵になります。土壌の養分や微生物の働きを調査することで、最適なタイミング、回数、量などを導き出しています。

また、畑作業の能率をアップさせる土壌管理の技術や、高品質なお茶をつくるための製茶技術の開発も製茶・土壌肥料ユニットで行っています。

 

4.「茶品質機能性ユニット」では注目が高まる茶の健康成分を解明

現場での栽培経験だけでは解決できない、科学的な研究を行うことも研究員たちの大きな役割です。「茶品質機能性ユニット」では、お茶の香りや品質、生理活性の要因を科学的に解明し、それを利用する技術の研究開発を行っています。

「たとえば、外国原産のお茶と日本原産のお茶の香りや味に違いがあることは感覚的にわかるかもしれませんが、どう感じるかはあくまで主観に過ぎません。含まれる成分や分子構造などの客観的なデータを明らかにすることで、品種開発や製茶技術の改善などに役立てています」と、佐波さん。さらに健康ブームが続くここ数年は、お茶に含まれる機能性成分にも高い関心が集まっており、その調査・研究なども茶品質機能性ユニットの重要な任務です。

 

5.茶園のボディーガード「茶病害虫ユニット」

最後は「茶病害虫ユニット」です。お茶は植物なので、病気や害虫はつきもの。「病害虫が発生しやすい環境や時期は?」「周辺の環境に影響を与えないよう、予防・除去するためにはどうすればよいだろう?」と、茶病害虫の生理生態特性を調べ、少しでも制御し、高品質なお茶を安定・持続して栽培するための研究を行っています。新たな害虫を見つけたときには対策マニュアルをまとめ、全国の農家へ周知を行うのも茶病害虫ユニットの大切な仕事です。

 

各ユニットで出た研究成果は、お互いに共有しながらさらなる技術開発に活かすほか、全国の茶農家へ定期的に報告会などを行い、より高品質なお茶づくりに役立てられています。残念ながら“お茶の研究所”は一般公開はされていないので、その仕事を直接目にすることはできませんが、わたしたちが普段飲んでいる美味しい日本茶は、こうした地道な研究と、丹精込めてお茶を栽培する農家に支えられているのです。

写真・吉田浩樹

文・山本愛理