―そもそも茶師とはどういう人のことを指す言葉なのでしょうか。
時代や地域によって意味合いが広くなったり狭くなったりするのですが、一般的に茶師とは農園での栽培から製茶、流通まで、お茶の製造や販売に関わる立場の人、つまり“お茶に携わる、お茶を生業とする人”のことを意味します。歴史を紐解けば、江戸時代より茶師という職業は存在し、資格であり身分でした。
武家と百姓の間の位置づけで、将軍家・大名家などお茶の納め先によって、御物(ごもつ)茶師、御袋(おふくろ)茶師、御通(おとおり)茶師の三段階にわかれていたようです。京都の綾鷹の上林家など、御物茶師から現在に続く家系も存在します。
また、茶師の定義には地域性もあり、例えば静岡では“茶の製造に携わる人”、特に狭義では“手もみ茶の技術者”のことをさします。現代では、あくまでも茶師は自称なので、お茶に携わっているけれど「自分のキャリアでは恐れ多くて名乗れない」という人もいますね。
―茶園で茶葉が収穫されてから消費者に届くまでのプロセスのなかで、茶師はどんな役割を担っているのでしょうか?
茶師はお茶を生業とする人のことをさすのですが、私の場合は流通業なので、小売り・卸売りの部分です。主に産地の生産者や農協、問屋から仕入れた仕上茶や、品評会で落札した荒茶を一部加工して販売しています。
茶師としての手腕が大きく問われるのが“仕入れ時の目利き”です。私が保持する「全国茶審査技術競技大会十段」とは、茶葉を審査する技術の高さを示す資格。つまりお茶の良し悪しを見極める目利き力を表す資格なので、仕入れの目利きにこそ本領発揮するわけです。
「産地や収穫時期を見分け、良質なものを見つけだし、いかに品質が高く、適正な価格のものをお客様に届けるか」という手腕が問われます。茶葉は農作物なので、年ごとの出来不出来があり、摘む時期によって、また加工が悪いと味が低下することもあります。その場合でもかけた手間がコストに反映されるので、高い茶葉がおいしいものとは限らないのですね。その年の作柄を見極め、全国の産地の中から良質でお客様にとってお得なもの・安心できるものを選ぶのが茶審査技術、つまり目利き力です。そして安定して良質なお茶を提供することが「全国茶審査技術競技大会十段」の手腕だと思っています。
―では、茶師十段というのは、どのような資格なのでしょうか。
実は「茶師十段」というのはメディアが考案した造語です。全国茶業連合青年団主催の「全国茶審査技術競技大会、茶審査技術十段」という資格はありますが、「茶師十段」という資格は存在しません。言葉が使われ始めた時点では「茶師」と「十段」は別もの。ある雑誌がわかりやすくキャッチ―な言葉として2つをくっつけて使いはじめ、ほかのメディアにも広まっていったようです。
「全国茶審査技術競技大会」というのは、各地域で技術の研鑽(けんさん)やお茶の生産技術の向上を目的に始まったものが、戦後、全国規模の競技会となったものです。個人戦と団体戦に分かれています。もともとお茶の目利きをする茶歌舞伎という遊びがあって、それを審査技術として発展させた内容ですね。
静岡、京都、大阪、東京、最近では鹿児島や三重など、お茶産地と消費地において持ち回りで毎年開催されており、各地域の予選で選出された10名ずつ、計130名ほどが出場し、個人戦で競います。
優勝者は農林水産大臣から表彰を受け、同時に、各地域の上位何名かの合計点数で団体戦の優勝が決まる、というシステムです。団体戦で優勝することは、地域の名誉でもあるわけです。開催地域によって出題されるお茶が違うので、得意・不得意があり、やはりホームアドバンテージというのも存在すると思います。
これらが年度ごとの“全国茶審査技術競技会・優勝”というタイトルに対して、40年ほど前、単なる勝敗から継続性を持たせることで生まれたのが段位制です。段位認定証には「期待為茶業界発展被尽力」とあることからも、後継者養成という点に重きをおくようになったためだと思います。
初段から十段まであり、六段までは全国大会で所定の成績をおさめれば取得することができます。七段以上は、所定の成績に加えてその前段階の段位を保持していることが必要条件。全国茶審査技術競技大会は一年に一度なので、十段になるには最低5年必要ということです。また、年齢制限が45歳となっていて、それを過ぎると出場することができません。そういった意味でも、難易度の高い資格といえるでしょう。
―大山さんが全国茶審査技術競技大会十段を取得することになったきっかけは何だったのでしょう?
私が20代の頃、森田治秀さんと前田文男さんという偉大な先輩方が活躍されていて、彼らに近づきたいと思ったのが段位取得を目指した理由です。平成元年に初出場し5位入賞と四段を取得し、平成12年に全国優勝して九段になりました。その後、出場できない年があったり、1点足らずで十段に届かない年が続くなど、メンタル面でもハードでした。ようやく十段を取得できたのが平成19年、ギリギリ45歳のときでした。現在十段は私を含めて15名、優勝(農林水産大臣賞)受賞者はそのうち4名です。
―茶師として、今後の目標を教えてください。
私が茶師としてできること、やるべきことは、若い人にお茶の魅力を伝え、お茶業界を盛り上げることだと思っています。先ほどお話した前田文男さんは、全国茶審査技術競技大会で初めて十段を取得した方なのですが、テレビ番組「仕事の流儀」に登場したことで注目を集め、茶師に関心を持つ若者が増えました。
伝統を重んじるお茶団体からは、“茶師十段”という言葉を使わないようにと言われたこともありますが、小難しいことをいわずに、訴求力のある茶師十段という言葉を使って、若い方に興味を持ってもらえることをしたい。お茶屋本来の業務と平行して「抹茶ラテ」「抹茶かき氷」など、茶葉を使った新商品開発に力を注いでいるのは、茶師十段のイメージを活用して、お茶の魅力を広い層に発信したいからです。若い方にお茶を好きになってもらって、ひいてはお茶業界へ参入してもらうことで、業界を活性化させたいですね。
お話を伺ったのは…… 大山泰成さん
しもきた茶苑大山、店主。日本で15名しかいない、茶審査技術十段(茶師十段)を持つ。茶葉の良し悪しを判断する「全国茶審査技術競技大会」にて優勝。茶審査技術において最高位にあたる十段を取得し、世界緑茶コンテスト審査員を開催初年度から15年連続で務めている。