「私は、ていねいな暮らしに憧れる雑な人」。
岩崎恭三商店・岩崎麻須美さん
「類は友を呼ぶ」という言葉があります。気の合った者や似通った者は自然と寄り集まる(広辞苑)という意味のことわざです。自分と同じ境遇の人に出会うと親近感が湧いたり、自分の気持ちを理解してくれる友人を心の拠り所にしたり、誰しも少なからずきっとそんな経験をしたことがあるのではないでしょうか。
「わたし、ていねいでキラキラした暮らしに憧れる、でも本当は雑な人なんです(笑)」
あっけらかんと笑い飛ばしながら自分をそんなふうに表す岩崎麻須美さんは、静岡県の製茶問屋「岩崎恭三商店」の2代目店主。妻、そして2歳児の母でもある彼女が2022年5月、子育てに家事にと奮闘する中で立ち上げたオリジナルブランドが、「お茶と、暮らしと」です。
「わたしだってできることなら、お気に入りの家具や食器だけに囲まれたおしゃれな家で、自分の時間も家族との時間も、家事も料理も楽しみながらゆとりある生活ができたらいいな、なんて思います。でも、理想と現実はほど遠い(笑)。
実際は、帰宅したらまずは缶ビールに手が伸びるくらい大のお酒好きだし、洗濯物や掃除もめんどくさくてしょうがないし、髪を振り乱して子どもと格闘していることなんてしょっちゅう。家計のやりくりのためにフリマアプリだって活用しますし、特別な知識や経験がないから何をするにも結局いつもネット検索頼みですよ」
「お茶と、暮らしと」はそんな、現代の頑張る女性たちのために生まれました。毎日必死で家事や仕事をこなす彼女たちに、たった数分間の、お茶を飲んでいる半径1mの範囲内だけでもいいから、“ほんの少しのていねいな暮らし”を届けたい。それが、岩崎さんが「お茶と、暮らしと」を始めた理由です。
“ていねいな暮らしに憧れる雑な人”という彼女の等身大の姿は、今を生きる女性たちから共感を集め、「お茶と、暮らしと」を取り巻く輪は少しずつ広がりを見せています。
興味ゼロ・知識ゼロ・経験ゼロの、崖っぷち跡継ぎ店主としてスタート
生まれながらにして、お茶処の茶問屋の娘という肩書きを背負っていた岩崎さん。しかし、日本茶と初めて向き合ったのはわずか約3年前の26歳の頃でした。それまでは、世の20代女性のご多分に洩れず、興味はゼロ。一時期、実家を離れて暮らしていたときも親に持たされた急須は棚の奥で眠ったまま出番はなく、何よりその肩書きがプレッシャーでお茶を淹れることは大の苦手だったそう。
当時、彼女がのめり込んでいたのは紅茶やお酒でした。かわいいティーポットでハーブティーを淹れたり、お気に入りのワイングラスや気分に合わせてお酒を選び、おつまみや料理を考えたり。キラキラした充実した生活は日本茶では味わえないと思っていた、と笑ってみせます。
「なにせ年々下火に向かっていた茶問屋業ですから父は店を畳む気でいましたし、わたしも崖っぷちの家業を継ぐとは思ってもみませんでした。それが、出産を機に実家に戻り父と話す中でちょっとした売り言葉に買い言葉になって、『お父さんが辞めるなら、わたしがやってやる!』っていっちゃったんですよね(笑)。
とはいえ、日本茶に関してはまったくの素人。とりあえず、父がやっていなくて自分ができることをと、甘くないとわかりつつネットショップやSNSでの発信から始めました」
まだ生後2ヶ月ほどだった息子に授乳をしながら、ひたすらPCやスマートフォンと格闘する日々。そこで初めて日本茶の世界に触れ、一般消費者の中でもお茶好きのコミュニティが多数存在することや、スタイリッシュで現代風に多様化した日本茶を目の当たりにしたといいます。
「日本茶でも、かわいいブランドがつくれるんだ……」。そんな発見が彼女の心を揺さぶり始めました。パッケージをアレンジしたりロゴをデザインしたりと少しずつ改善を加える一方で、ビジュアルだけを取り繕っていても2代目は務まらないと、遮二無二なって日本茶インストラクターの資格も取得。今では、茶葉の仕入れや加工も担っています。
自分と同じ境遇の女性たちに寄り添えるブランドを目指して
しかし当初、岩崎恭三商店としてネットショップやSNSを運営していた中で、岩崎さんはあるジレンマにぶち当たります。それは、茶問屋として多くの茶葉を取り扱い、よい品がたくさん手に入るにも関わらず、一般消費者に対して自社の強みや特徴をうまくアピールしきれない、セールスポイントの弱さ。
もっと自分ごととして捉えてもらえるような、わかりやすいメッセージが必要ーー。
そんな気付きから、SNSをリサーチしたり友人にアドバイスを求めたり。「わたしらしいブランドとは?」「 自分には何ができる?」「わたしが幸せを感じる瞬間って?」……と、考えをぐるぐると巡らせた結果たどり着いたのが、ひとつの答え。
「わたしはけっしてデキた人間ではないので、誰かに大切にされたいし、自分でも自分を大切にしてあげたい(笑)。ねぎらってもらったり、やさしい言葉をかけられたり、時には自分で自分にご褒美をあげたりすると、素直に嬉しいし気分が上がるんですよね。
毎日、育児や家事をしているとそれが当たり前のように思われがちだけど、世の中のお母さんや奥さんは本当に一生懸命なんです。だから、そういう人たちに寄り添える存在になれればいいなって。きっとみんな、ちょっとしたやさしさやキラキラを感じられるだけで気持ちが軽くなるから」
彼女が目指したのは「お茶を売る店」ではなく、「ひとに寄り添い、ほんの少しの“ていねいな暮らし”を届ける、暮らしの店」です。
「お茶と、暮らしと」では、茶葉を産地・品種による味の軸だけで販売していません。大切にしているのは、目にするだけでウキウキするようなパッケージデザインや、思わず使いたくなるかわいい茶器、ご褒美スイーツと合わせて、日常を彩るアイテムのひとつとして提案すること。
さらに、「いつもよりちょっと家事を頑張った日の午後には、『お疲れ様、わたし』と、おいしいおはぎとぬるめに淹れた深蒸し茶を」「洗い物も寝かしつけも終わった! 今日はもうなにもしたくない! そんなときはティーバッグであたたかい焙じ茶を」などと、実際のシーンを想定し寄り添う言葉を添えます。
岩崎さん自身が日頃かけてほしい言葉や、癒やされたいと思う一面がありありと目に浮かぶメッセージは、なんともリアル。 自家用としてもギフトとしても、心打たれる言葉ばかりです。
もちろん茶問屋の強みを活かし、できるだけ多くの人に受け入れてもらえるようやさしくまろやかな味わいの茶葉を厳選。ただし『深蒸し茶』『焙じ茶』『抹茶入り玄米茶』『みずだし』『棒茶』の5種類にしぼり、飲む時間帯別の淹れ方や手軽に淹れられる方法を発信しています。
「業界側の人には当たり前でも、日本茶初心者にとっては産地や味のことを細かく説明されてもわからないし、淹れるときに使う道具が多かったり計量したりすることって本当にめんどう。だから、『茶問屋店主で日本茶インストラクターのわたしでも、同じ感覚だよ』『堅苦しくとらえなくていいよ』というメッセージが伝わればいいなと思っています」
男社会が当たり前だった茶業界の盲点ともいえるギャップ
「お茶と、暮らしと」のブランドメッセージは、まさに女性であり妻・母である岩崎さんだからこそ見出すことができた新鮮な着眼点です。しかし逆にいえば、茶業界に欠けていた視点ともいえるもの。その背景には、これまで長きにわたり男性社会であったことがひとつの要因としてあるのではないでしょうか。
研究・知識・経験を突き詰め、日本茶文化を築き上げてきてくれた職人たちへのリスペクトはけっして忘れないと前置きした上で、彼女はこう続けました。
「最近でこそ広く男女共同が浸透してきましたが、考えてもみてください。夫や家族のためにスーパーやお茶屋さんで茶葉を買うことから始まり、淹れて、出がらしを捨てて、急須や湯呑を洗って、乾いたら拭いて棚に片付けるところまで、これまではずっと女性たちが担ってきました。作り手・売り手と、もっとも深く関わってきた消費者の間にギャップがあったと思うんです」
ブランドを立ち上げてからまだ1年足らずですが、「自分の気持ちをわかってくれる人がいて嬉しい!」と涙ながらに声をかけてくれるお客様や、妻・母としての境遇に共感してくれる女性たちに多く出会い、反響は想像以上に大きかったと岩崎さんはいいます。
茶葉の単価が下がり続ける今、いかに付加価値を付けブランド力を高めることができるかが日本茶の未来の分かれ目。デザイン、テイストなど工夫をこらしたプロダクトがさまざま登場する中で、「お茶と、暮らしと」が提供する付加価値は「共感」です。ただそれはあくまで、製茶問屋という確かなバックボーンと、岩崎さん自身の生の声があるからこそ成し得ること。
「“ていねいな暮らし”は、わたし自身にとってもまだまだ憧れの存在です(笑)。だからお客様には別世界の人としてではなく、地元の友だち・ママ友みたいに接してくださいとお伝えしています」
頑張っているあの人に、「お茶と、暮らしと」の1杯を
今後は、オリジナルの茶器の開発や海外への発信にも力を入れていきたいという岩崎さん。「家庭・子育てと仕事の両立は悩みと苦労が尽きない(笑)」と、やはりサラリと本音をもらしますが、彼女自身もまた、お客様に共感してもらえることや励ましの言葉をもらえることが大きなモチベーションになっていると話してくれました。
誰かを思いやるやさしさが共感を呼び、自然とひとが寄り集まって深い絆や理解し合える関係性を築いていく。その仲を取り持つのが日本茶であるとするなら、こんなにステキなことはありません。「お茶と、暮らしと」の1杯を、自分に、そして頑張っているあの人に、ぜひ贈ってみてはいかがですか?