【対談】
製茶問屋7代目多田氏 ✕
世界2位バリスタ・畠山氏
合組・ブレンドから見る
「嗜好品の在り方」(後編)

【対談】
製茶問屋7代目多田氏 ✕
世界2位バリスタ・畠山氏
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「嗜好品の在り方」(後編)

日本茶とコーヒー。それぞれの業界の未来を担う、新進気鋭のプロフェッショナル二人による対談の後編です。「茶通仙 多田製茶」7代目・多田雅典さんと世界2位の実力を持つバリスタ・畠山大輝さんに、日本茶とコーヒーそれぞれの嗜好品としての在り方をうかがいながら、日本茶の未来について語っていただきました。

高品質・高級=嗜好品ではない。そこに“特別な幸福感”が存在するかが決め手

– 前編では、お二人の原点やプロダクトづくりに懸ける想いをおうかがいしましたが、ここからは「嗜好品」に焦点を当てていきたいと思います。味づくりを突き詰めることにも通じそうですが、お二人は日本茶やコーヒーの「嗜好品」とはどのようなものだとお考えですか?

多)難しいこと聞きますね(笑)。……そうだなあ、そもそも日本茶において「嗜好品」の逆……、つまり「日用品(コモディティ)」はペットボトルのお茶だと思うのですが、一般論の前に、僕個人にとっての嗜好品の日本茶は2つあります。

ひとつは、たらふく食べてもう動けないくらい満腹のときに飲む、食後の美味しい一杯。ペットボトルのお茶では味わえない、この上ない幸せを感じる瞬間です。もうひとつは、ちょっと格好つけたいときに飲む、いわば“よそ行き”の日本茶。友達を誘ったりパートナーを誘ったり、もちろんひとりでもいいんですけど、忙しい生活の中の貴重な10分を「お茶を淹れて飲む」という行為だけに割こうと思わせてくれる日本茶です。それは日本茶カフェの1杯かもしれないし、ちょっといいレストランの食後の1杯かもしれないし、もしかするとお気に入りの茶器を使って家で飲むお茶かもしれない。

共通しているのは、何かしら“特別感”があること。そのときに飲んでいる茶葉そのものがどんな価値のものかではなく、「日常の中で、一瞬だけ非日常を味わせてくれるもの」。それが嗜好品としての日本茶かなと思います。

畠)わかる気がします。僕も、僕個人にとっての嗜好品のコーヒーは「自分と対話する時間をくれるもの」だと思っています。豆自体の商品価値に関わらず、今飲んでいるコーヒーがどういう味で自分は何を感じてるのか、味覚や嗅覚にひたすら集中する時間をくれるものです。

つまり、そこに“幸福感”があるかどうか。みんなでワイワイ飲むコーヒーが好きな人はそれが嗜好品としてのコーヒーだし、とあるロケーションで飲むのが好きという人にとってはそれが最高に美味しいものでしょう。

多)僕らはプロダクトをつくる側の人間だから、少しでも価値ある商品を生み出そうと、あらゆる知識・技術を駆使して魂を懸けて商品づくりをしています。でも飲み手の皆さんは、プロダクトそのものにはあまりこだわらなくていいのかもしれないですよね。あくまでも自分が「好き」とか「幸せ」と感じることを大事にしてもらえたら、それが嗜好品になる。

一般的に嗜好品というと高級で高価なものというイメージがありません? 実は僕もずっとそう思っていました。でもある日、いつも特定のリーズナブルな商品を買ってくださっていた常連のお客様に「最近味が変わった」といわれたことがあったんです。その瞬間、その方にとってはその手頃なお茶でも、じっくり味わって飲んでいる嗜好品なんだなと思いました。

畠)いい話!

多)ただ、「飲むだけで特別な幸福感を感じてもらえる嗜好品」であり続けるためには、「高品質・高級・贅沢品という尺度からの嗜好品」という一面も大事なんですよね。

畠)まさしく。それがあるから、全体としての質・価値が上がっていったり、選択肢が増えてより自分に合った美味しさから、大きな“特別感”や“幸福感”を得たりすることができる。だからやっぱり僕らつくり手は、変わらず妥協せずいいものを追い求め続けなければいけないんだと思います。でも、楽しむ人側の方は好きなように楽しんでもらえれば嬉しいかな。

-その“特別感”や“幸福感”を得たいと思ったときに、多くの方に日本茶を選んでもらえるにはどんなことが必要だと思いますか?

多)それは今、すでに多くの人に選ばれているコーヒー業界の方の考えをぜひお聞きしたい!

畠)そんな、コーヒーもまだまだですよ。レストランの食後のコーヒーなんて、おまけ扱いされることも多いですし、もっと頑張らなきゃいけないと思っています。

ただもしひとつ、これほどまでにコーヒーを楽しむ人が増えたきっかけがあるとすれば、コーヒーには定期的に大きなムーブメントが起きることではないでしょうか。シアトル系コーヒーチェーンの上陸によるセカンドウェーブや、スペシャルティコーヒーに注目が集まったサードウェーブに代表されるような“波”が、追い風になっていることは確かだと思います。

多)それは間違いないですよね。メディアでも話題になるから自然と多くの人の目に触れ、興味を持つ大きなトリガーになる。実は、日本茶にも小さいけど波はあるんですよ。抹茶スイーツブームとかほうじ茶スイーツブームとか。

そういう意味でいうと、日本茶は波に乗り切れてないんだと思います。新しいことに踏み出すエネルギーや勇気が日本茶業界側の人に足りないのか、はたまた伝統への意識やプライドが邪魔をしているのか、理由はわかりません。ただ僕個人の意見としては、流行っているものには飛びつけばいいと思うんです。全盛期のようにうまくいっているならまだしも、今国内の日本茶消費量は下降傾向。何か行動を起こさなければ、何も変わらないのですから。

畠)昔はコーヒーも「ただの苦い飲みもの」「中年男性が飲むもの」というイメージだったのが、今では一新しましたからね。

多)多田製茶の店舗でも小規模ですがカフェを備えていて、カヌレやティラミスなどのオリジナルスイーツも作っています。大学生が友達同士で来てくれたり、女子高生が親御さんと来てくださったりして、帰り際には茶葉も買ってくれるんです。ちょっとしたことかもしれませんが、そうして機会創出し続ければ、100人に1人でも若い人がファンになってくれるかもしれない。大きな波を生み出すには、小さな波を逃していてはいけないはずなんです。

写真:松下沙彩

畠)確かに、最近は日本茶カフェなどが増えたこともあり、外で日本茶に触れることが多くなったなと僕も感じています。同じような感覚の人は多いと思いますよ。

多)ようやく日本茶にも、お金を出して買うものという価値観が生まれてきて、「日本茶って新しい」と感じてもらえるようになりました。今こそ、まずはちゃんと波に乗る。千載一遇のチャンスをみすみす逃すことほどもったいないことはありません。

-ありがとうございます。では最後に、それぞれが今後取り組んでいきたいことを教えてください。

多)今、日本茶の単価はどんどん下がっていて、このままでは産業が維持できなくなるでしょう。

生産者は廃業し茶畑もなくなる。時代の流れとして仕方ない部分もあると思いますが、そうはいっても衰退していくのをただ黙って眺めているわけにはいきません。

何が必要か……。シンプルに、販売量を増やすことです。そうすれば自ずと生産量も増える。そしてそのためには嗜好品だけでは不十分で、日頃から日用品としてできるだけ多く、日本茶に触れてもらわなければいけません。嗜好品を入り口にして、日用品に正しくバトンパスする道筋をつくること。それが急務だと考えています。出口は、リーフティーに限らずティーバッグでも粉茶でもいいから、その移行プロセスづくりに真っ先に取り組んでいきたいですね。

「幸いなことに近年、カフェやレストラン、ホテルで日本茶を扱いたいという、入り口となる嗜好品としての相談は増えているんです」(多田さん)

畠)質のいいものが手軽に飲めることは僕も重要だと思います。コーヒーもここ数年、スペシャルティコーヒーのドリップバッグが一気に広まったことで、ますます消費量が増えていますから。

僕は、もうすぐ「Bespoke Coffee Roasters」の焙煎所を備えた実店舗をオープンします! なので引き続き、自家焙煎豆の販売に力を入れつつ、個人の新しい活動としてはコーヒーショップやカフェ以外の飲食業の方々とコラボレーションしたいと考えています。特に、一流レストランへ積極的にアプローチをかけたいですね。有名レストランでも、食後のコーヒーは蔑ろにされがちなのがすごく悔しいんですよ。コーヒーも、ワインや日本酒と同じように、店の個性やステータスを表現する価値あるものとして認められていいはず。

さらにはその先の発展形として、スイーツだけにとらわれない料理とのコーヒーペアリングの可能性も視野に入れています。

多)やっぱり、まだまだ可能性は未知数ですね。今回、畠山さんとお話ができてすごく刺激を受けました。楽しかったです!

畠)僕の方こそ! 日本茶もかなり奥が深そうで、めちゃくちゃ興味が湧きました! またぜひ情報交換しましょう!

自分で淹れる日本茶であっても、誰かに淹れてもらった日本茶であっても、その1杯にはさまざまな人の努力と技術、そして自然の恵みが詰まっています。皆さんにとって、“特別な幸福感”を感じられるのは、どんなときに飲む日本茶でしょうか。ぜひ、自分なりの「嗜好品」としての日本茶を探してみてください。

◆茶通仙 多田製茶

大阪府枚方市長尾元町1-45-1
072-850-2123
営業時間 10:00〜17:30
定休日 なし
HP
https://www.tsusen.net
SNS
https://www.instagram.com/tadateaproducts

◆Bespoke Coffee Roasters
オンラインショップ
http://bespokecoffeeroasters.com
SNS
https://www.instagram.com/bespokecoffeeroasters

写真・吉田浩樹 文・RIN