“静岡茶づくしの
旅のおもてなし”は、
どのように生まれたのか?

“静岡茶づくしの
旅のおもてなし”は、
どのように生まれたのか?

星野リゾートが手がける温泉旅館「界 遠州」では、「美茶楽湯治」をコンセプトにしたさまざまな旅体験の演出を行っています。到着してから出発するまで、まさに静岡茶づくし。「日常」であるはずのお茶を、どのようにして「非日常を演出する最上級のおもてなし」として確立させたのか。その裏側に迫ります。

静岡茶で温泉旅館を現代流にアップデート

「伝統を活かしながらも現代に合う、くつろぎの滞在」を提供する、星野リゾートの温泉旅館ブランド「界(かい)」。日本全国に17施設ある「界」ブランドのもっとも大きな特徴は、食・空間・サービスなどに地域文化を取り入れ、その地ならではの旅体験を演出することです。

なかでも静岡県浜松市の舘山寺温泉にある「界 遠州」では、静岡茶にスポットを当てたおもてなしを徹底。エントランスの扉を開けた瞬間から、茶香炉から漂う香ばしい香りに包まれ、敷地内には茶畑も。また滞在中には、利き茶体験のほか、常時20種の静岡茶を楽しむことができます(2021年4月現在)。

 

静岡の煎茶に特化したことで、強固なブランド価値を確立

1914年に長野県で「星野温泉旅館」として創業した星野リゾートが、「界」ブランドを立ち上げたのは2011年のこと。「界 遠州」もそのひとつです。立ち上げにあたり「界 遠州」が他県に誇れる地域文化として着目したのが、静岡が誇るお茶でした。当初は、抹茶なども含めた茶種全般を提供するという内容でプロジェクトは動き始めたといいます。

「日本茶によるおもてなし」を軸にすることは決まったものの、当時は日本茶について専門的な知識や経験があるスタッフはゼロ。いわば全員が日本茶初心者同然のなかで、まずはじめに協力を仰いだのは茶業者です。地元の老舗茶商をはじめ、東京からも専門家を招いて日本茶を基礎から学び、「日本茶でどんなおもてなしができるのか」「どのような催しをすれば、日本茶で旅の滞在を演出できるのか」、何度も協議を重ねてアイディアを形にしていきました。12種類の静岡茶をバイキング形式で楽しめる「ティーセラー」や、入浴の前・中・後に合わせて異なるお茶を提供する「入浴お茶三煎」もそうして生まれたプログラムのひとつです。

施設のコンセプトを、日本茶全般から煎茶に特化したのは2018年から。その理由は実にシンプルで、「どんなに日本茶に詳しくない人でも、『静岡県のお茶』という言葉から思い浮かべるのは、抹茶ではなく煎茶」。お客様が持つ「静岡茶」のイメージとのギャップをできる限りなくし、地域の個性をより強く、深く、わかりやすく伝えることで、「界 遠州」としてのブランド価値をより強固なものにしたのです。

 

日本茶の知識向上は「実践」と「循環」がカギ

 10年前は日本茶初心者ばかりだったスタッフも、今では、日本茶アドバイザーや日本茶検定、茶彩師など、さまざまな資格を持っています。日本茶インストラクターの竹野晋平(たけの しんぺい)さんもそのひとり。「私もはじめは、急須にポットのお湯を直接注いで煎茶を淹れていたくらい、無知でした(笑)」と振り返る竹野さん。今では、静岡茶を軸にした魅力開発プロジェクトの責任者として、催し物の監修やスタッフへのレクチャーなどを行っています。

竹野さんによれば、意外にも「界 遠州」全体での大規模な日本茶の勉強会や講習会などは、頻繁には行っていないのだそう。「新しいスタッフは、最初に日本茶の基礎について専門家の方から講義を受けます。製造工程や、浅蒸し茶と深蒸し茶の違いなど本当に基本的なことです。まずはそこで一定レベルの知識を得ることから始まります」。

その上で現場に出ると、エントランスやロビーはもちろん、客室、レストラン、庭、浴室まで、館内のいたるところでお茶に触れることができる。「界 遠州」では、客室のお手入れをはじめ、滞在に関わることすべてをスタッフが行うため、業務やお客様と接する実践の中で、日本茶の知識が自然と身につく仕組みができているといいます。

「加えて、お茶がお好きな方や、マイクロツーリズムでお越しになる近県のお客様も多くいらっしゃるので、ご満足いただける会話やおもてなしができるよう、みんな自発的に勉強するようになります。日本茶を知れば知るほどスタッフ自身がお茶を好きになって、情報交換もとても盛んです」。近くに新しいお茶の施設ができたとなれば足を運び、参考になる書籍や情報は回覧することも。また、誘い合って茶畑に行くこともしばしばだそう。

お客様の目の前で四季折々の煎茶を淹れておもてなしをする催し「ご当地楽(ごとうちがく)」を順に担当することも、スタッフ全員の知識レベルのボトムアップにつながっているといいます。

 

旅館だからこそできる「滞在型」の日本茶体験を世界へ

「静岡にこんなに美味しいお茶があること、品種によって味が違うことをはじめて知った」というお客様の声が嬉しいと竹野さん。だからこそ、繰り返し来てくれるお客様や日本茶に精通した方にも、毎回違った体験と静岡茶の新たな魅力を伝えられるよう、催し物をブラッシュアップしたり、新たなサービスを考えたりすることが難しくもあり、楽しいと話します。今でも常に、施設内の同僚や部門や施設を超えた社内のメンバーと共にアイディアを出しては揉み、さまざまな茶業界の専門家にもアドバイスを仰ぎながら、唯一無二の日本茶体験を提供するための努力を惜しむことはありません。

「採用にならなかった案もたくさんあります(笑)。でもどこまで掘っても、日本茶のポテンシャルは尽きません。カフェや茶農家での一時的な体験とは違って、私どもの最大の武器は『滞在型』でのおもてなしができること。1日中ここで過ごしていただいても刺激的で退屈しない、静岡茶による旅体験を演出していきたいです」

日本人にとって懐かしく心地いい「日常」である日本茶に新たな価値を見出し、現代に合わせた「非日常を演出する最上級のおもてなし」として見事に確立させた「界 遠州」。日本国内はもちろん、世界へ向けて日本茶の底力を発信する、大きな担い手となることでしょう。

星野リゾート 界 遠州

住所:静岡県浜松市西区舘山寺町399-1
TEL:0570-073-011
https://kai-ryokan.jp/enshu/

写真・吉田浩樹 文・山本愛理