「需要の掘り起こし」が切り札。茶業界を牽引する2人の経営者が語る、業界発展の道筋

「需要の掘り起こし」が切り札。茶業界を牽引する2人の経営者が語る、業界発展の道筋

日本茶業界がさらなる発展を遂げるために、今求められていることとは―ー。常識に囚われず新たな道を切り開くことで、茶業界を牽引し続けてきた2人の経営者が対談。お茶専門店「椿宗善」の山口健治社長と、茶袋製造のトップランナー・株式会社吉村の橋本久美子代表取締役社長は、これから茶業界が進むべき道をどのように見据えているのでしょうか。

業界に一石を投じ続ける、2人の経営者

日本茶が売れないと叫ばれて久しい昨今。この現状を打破しようと、茶農家や茶問屋が尽力を続けています。その成果もあって近年では、他業界から茶の世界に参入する若者独自の価値観で日本茶を捉える人々も現れ、「日本茶はかくあるべき」というイメージは少しずつ和らいできました。

お茶専門店「椿宗善(つばきそうぜん)」の創業者・山口健治氏は、長く保守的だった茶業界に新たな風を吹き込んだ先駆者のひとりです。かつては日本一お茶が売れないといわれた福井県で茶問屋の息子に生まれ、「価格競争に飲み込まれないためには、新たな需要の掘り起こしと自社のファンの獲得が必要」と、小売に参入。

1990年代後半にいち早く独自ブランドを立ち上げると、全国の百貨店に次々と出店していきました。それが、今では茶専門店の最大手のひとつとなった「三國屋善五郎」(株式会社三国屋)です。その後、同社を退職すると2013年に「椿宗善」を創業。2022年1月には10店舗目となる「椿宗善 蔵前店」(東京)のオープンを控えています。

そんな山口氏が、よき同志であり刺激を受ける一人だと語るのが、茶袋製造の第一人者「株式会社吉村」の橋本久美子代表取締役社長です。袋製造業では異例といわれる一貫生産体制と世界一のデジタル印刷技術をかけ合わせ、お茶と顧客をつなぎ続けてきた橋本氏もまた、「今の茶業界には、究極的に美味しい一杯だけではなく、興味のない人がお茶に触れるためのたくさんの道しるべが必要」と話します。

今回は「日本茶業界の現状と、今後の発展のために求められていること」をテーマに、山口氏と橋本氏にお話をうかがいました。

 

山口氏橋本氏 経営者対談 「今、茶業界に求められていることとは?」

ーまずは、おふたりが知り合ったきっかけを教えてください。

橋本氏(以下、橋)「もう20年以上前になります。山口さんがまだ三国屋の社長でいらした頃、突然連絡をくださったんです。当時すでに三國屋善五郎といえば、茶業界にマーケティングの手法を真っ先に取り入れ、戦略的にお茶を販売していた新進気鋭のブランド。私にとっては雲の上の存在だったので、とても驚いたのを覚えています」

山口氏(以下、山)「私の方こそ、御社のホームページで毎月掲載されていたお茶のモニター調査のレポートをずっと興味深く読ませていただいていました。1990年代の茶業界はまだ、“誰が一番美味しいお茶を作れるか”を争っていた時代。消費者リサーチを行っている人などほとんどいませんでしたから、非常に刺激を受けました」

橋)「初めて本社に来ていただいた時から、話が止まりませんでしたよね(笑)」

山)「ええ(笑)。それからしばらくは、茶のマーケットについて意見交換をし合う仲でしたね。パッケージ製造をお願いするようになったのは、三国屋を退職して椿宗善を立ち上げてからです。僕らのような小さな会社で完全オリジナルデザインのパッケージが作れるところは、橋本社長のところ以外にありませんから」

橋)「三國屋善五郎という確固たるブランドを離れると聞いた時は驚きましたが、新たなステージでご自身のやりたいことにまた本気で挑戦をされるんだと、強い決意を感じました。そのサポートができることは本当に嬉しかったです」

ー山口社長はどのような想いで「椿宗善」立ち上げられたのですか?

山)「かねてからお茶は、ブランドチェンジされにくい商材だといわれています。ひとつの家庭においては特定のものしか買われないということです。でも僕は、ファッションや音楽と同じように『今日はシックに決めたい』『今はカジュアルに楽しみたい』と、シーンや気分に合わせてお茶を変える楽しさ・選ぶ楽しさがあってよいのではと考えていました

さまざまなシーンを想定した多種多様なお茶を提供することで、必需品・日用品としてのお茶ではなく、趣味としての“楽しいお茶時間”を作りたい。そう思っています」

ーそれが、『柚子の緑茶』『パン専用紅茶』など、お茶に興味のない人にとっても手に取りやすい商品作りにつながっているのでしょうか。

「茶問屋生まれだけど、実はずっと朝はパン食なんです」と山口社長。『パン専用紅茶』は、“100年飲み飽きない味”をコンセプトにベーシックな味を追求

山)「はい。橋本社長も同じお考えだと思うのですが、需要は自ら生み出さなければいけないというのが、常々の僕の考えです。すでにあるニーズや、今いるお茶好きのお客様に対応するだけでは必ず他社と価格競争になったり顧客の奪い合いになったりしてしまいますからね。

だからこそ、いかに新たな層を取り込んでいけるかが重要なのです。今までお茶を飲まなかった人の目に留まり、かつ“自分のための商品”だと感じてもらうためにも、ネーミングやパッケージは非常に大きな役割です」

橋)「これまで弊社では数え切れないほどのブランドの茶袋を作ってきましたが、多くの場合、ベースのデザインがあり、茶種や商品によって色・形違いで対応します。でも椿宗善さんは、商品が変わればパッケージデザインがまったく違うものになるんですよ。本当にバラエティ豊か! パッケージのデザインだけであれもこれも買いたくなってしまうので圧巻です」

山)「小ロットでオリジナルデザインのパッケージが作れる、吉村さんのデジタル印刷技術のおかげです」

橋)「ありがとうございます! ネーミングにも思わず手に取りたくなるような仕掛けがたくさんされていますよね」

山)「僕は、商品の中身と外見の役割は違うと思っています。たとえば初めてお越しになるお客様の場合、もし袋の中に入っているものが石ころだったとしても、商品名とパッケージ次第で売れるというのが持論です(笑)。生産者の皆さんは『美味しければ売れる』とよくいいますよね。でも正しくは、美味しければリピートしてくれるのであって、最初に興味を持つきっかけはあくまで外見です。そもそも興味のない人にとって、中身が美味しくてもまずくても関係ないのですから」

橋)「石ころでも売れる! この言葉を最初に聞いた時は衝撃でした(笑)。それと同時に、パッケージは新しいお客様がお茶に触れるきっかけを生むのだと、気付かされました。お取引先様から“他社より安いこと”を求めれることが多かったので、正直、茶袋はコストでしかないのか、と落ち込んだこともあったんです。

でもアイデア次第で、自家需要はもちろんプレゼントとして誰かに配りたくなる仕掛けも生み出せるのだと知り、事業を捉え直すきっかけにもなりましたし、需要は自分で作れるのだと自信を取り戻すこともできました」

ー需要を生み出すことができれば、いろんな可能性が広がるのですね。

山)「ただし、格好良ければいいというものではありません。最近は洗練され尽くしたスタイリッシュなブランドデザインも多いですが、僕はもう少しレトロで大人かわいい風合いがよいと思っています。人間でも、クールすぎるキザな二枚目や絶世の美女は近寄りがたいでしょう?(笑) 例えるなら、手の届くアイドルみたいな存在になりたいですね。ベースのクオリティはちゃんと保ちつつ、どこか愛嬌があって気になる存在というか」

橋)「お茶に興味のない人にとって親しみやすさはとても大事ですよね」

ーおふたりは現在の茶業界をどのように捉えていますか?

山)「コロナ禍に突入した当初は、お客様がお店に来なくなってしまって厳しいこともありましたよ。でもおうち時間が増え、リモートワーク化が進んだことでリラックスタイムが重視されるようになるなど、茶業界にとってマイナスなことばかりではないと感じています。実際、弊社でもネット販売により力を入れ、実店舗とは異なるお客様との接点も生まれました」

橋)「行動規制がかかって間もなくの2020年5月頃にも、コロナ禍、そして今後の茶業界について山口社長と2〜3時間ほどお話ししましたよね。オンラインでは自分の好きなものをピンポイントで探して買うことはできるけれど偶然の出会いがなくなってしまった、今人々はそんな思いがけない楽しみを求めているのでは、と話をした記憶があります。

山口社長とお話しする時は一緒に何かをしようと持ちかけるというより、お互いに思っていることや感じていることを共有し、そこからそれぞれがヒントを得て刺激し合っているという印象です。私にとっては、大切なお取引先様であると同時に、とても信頼・尊敬する経営者のお一人です」

ーそんな現状を踏まえて、さらなる茶業界の発展のためには何が求められるでしょうか?

山)「繰り返しになりますが、まずは“美味しさの追求”から離れるべきだと思っています。近年、さまざまな視点で日本茶を発信するブランドが増えていますよね。それらに共通していえることは、新しい顧客をターゲットにしていること。美味しいか美味しくないかという視点だけではく、幅広く需要を切り開いていかなければやはり裾野は広がりません」

橋)「私も同じ意見です。これまでのお茶の専門家の方々は、茶葉単体で100満点の商品を作ることに固執してきたように思います。でもお客様はプロではありませんから、専門家と同じように淹れられませんし、最高の味を再現することは難しいでしょう。

だからこそ、いろいろなものとの掛け合わせがあってよいと思うのです。茶器、淹れ方、フードペアリング……。答えはひとつではなく、さまざまなものと掛け算することでその方それぞれの“いいお茶の時間”が作れれば素晴らしいことではないでしょうか。究極の一杯に固執せず、お客様の声に柔軟に寄り添うことが大切だと思います」

 

ー御社が今後、注力していきたいと考えていることがあれば教えてください。

山)「“楽しいお茶”を作りたいという気持ちは変わりません。中でも、オンラインが普及した今だからこそ、実店舗での関わりをあらためて大切にしたいですね。なぜなら、直接お客様と触れることでお茶を好きになるきっかけをたくさん作れますから」

橋)「椿宗善さんのお店にうかがうと、次から次へと試飲が出てきて! まるでレジャー施設に来たかのような気分になって、本当に楽しいですよね」

山)「お店は“ライブ”だと思っています。試飲は、けっしてオンラインではできないライブ感の象徴です。こちらからいろいろなお茶をおすすめすることで、興味のないお茶にも触れていただけますし、その中で新しい出会いがあればきっとお客様も楽しいと思うんです。お茶を好きになるきっかけの店になりたい。だからこそ“楽しいお茶作り”が、椿宗善の役割だと思っています」

橋)「弊社は茶袋製造がメイン事業ですが、近年はお茶に関わる製品を多数プロデュースしてきました。それは、まだお茶に触れる機会がなかった方や入り口に立ったばかりの方が、より深くお茶の楽しさ・美味しさを知るための道しるべを作るためです。

魅力的なパッケージはもちろん、お茶に合うお菓子、気軽に美味しくお茶が淹れられる茶器、キャラクターなど、これからも幅広く手がけていきたいと思っています。『日本茶はかくあるべき』という概念が和らいできた今こそ、さまざまな方法でアプローチすることでマーケットは大きく広がのではないでしょうか」

写真・吉田浩樹 文・山本愛理