“ホンモノ”が身に付く、日本一の食の学び場 「辻󠄀調理師専門学校」
食に携わる人であれば、「辻󠄀調理師専門学校」、通称「辻󠄀調」の名を一度は耳にしたことがあるでしょう。1960年に「辻󠄀調理師学校」として大阪・阿倍野に開校した同校は、今や「辻󠄀調グループ」として日本とフランスに計4校(※うち1校は来春に開校予定)を展開し、日本最大の食の総合教育機関として、数々のスターシェフやスターパティシエを輩出してきました。
ここで得られるのはすべてにおいて、“ホンモノ”です。「ホンモノの食材を使い、卒業後プロとして実践的に活かすことができるホンモノの技術と知識、ホンモノの生産者とのつながりまでを、ホンモノを極めた教員が教える」という徹底した現場で活きる教育こそが、辻󠄀調理師専門学校の根幹。入学当初は料理初心者がほとんどという中、多くの輝かしい功績を持つ料理人を生み出し、辻󠄀調が辻󠄀調たる所以は、まさにそこにあるといえるでしょう。現在では留学生も多数在籍し、世界からも注目を集める食の学び場となっています。
「知っているだろう」と思っていた日本茶。卒業生からの意外な声で日本茶のカリキュラムをスタート
そんな辻󠄀調理師専門学校で2021年にスタートしたのが日本茶に特化したカリキュラムです。日本料理・フランス料理・イタリア料理・中国料理を総合的に学ぶ学生と、各ジャンルを専攻するコースへ進んだ学生たちがその枠を超え、5日間の自主参加型の課外授業に臨みます。
「ここで日本茶を学んだ学生たちが卒業後、料理人として、世界で美味しい日本茶を発信してくれることを夢見ています」
そう語るのは、日本茶カリキュラムの発起人であり、同校で30年以上もの間、日本料理の教員を務める若林聡子さん。
辻󠄀調での日本茶カリキュラム始動の大きなきっかけになったのは、コロナ禍の2018年にオンラインで開催された校友会だといいます。行動や集会が制限される中、世界各国で活躍する卒業生に茶葉を送り日本茶をテーマに講談。その時に挙がった声が、若林さんたち教員にとっては意外なものだったのです。
「先生、世界にはいろんなお茶があるけど、日本茶ほどフレッシュで深みのあるお茶はない」
「コーヒーはわかるけど、やっぱり日本茶は難しい」
「日本文化としてもっと広めてほしい! そして自分も料理人として広めたい」
「日本茶って新しい! おしゃれだね」
これまでにも辻󠄀調理師専門学校では、サービスの授業においてコーヒー・ワイン・水・中国茶・中国酒を、日本料理の授業では日本文化として華道や抹茶(薄茶)を教えていたといいますが、煎茶やほうじ茶などの日本茶は「てっきり知っているだろう」「ある程度、自分で飲んでいるだろう」と、あえて大きく取り上げてこなかったのだそう。
「でもよくよく聞いてみると、若い世代の方々はお酒を飲まないだけでなく、お寿司でも天ぷらでも、水を飲むんですよね(笑)。日本茶に関してはペットボトルのお茶しか知らないのだと気付かされました」
日本酒を嗜む会席料理と同様、茶を軸にした茶懐石も欠かすことのできない日本文化のひとつ。料理人が日本茶を知り、それを国内外で発信することができれば、日本を代表する産業や文化としてお茶の価値が上がるのでは —— 。そんな想いから本格的なカリキュラムづくりが始まりました。
お茶に「触れて」「体感して」「表現する」5日間の集中プログラム
どのような内容にするのか、何を教えれば活きた教育になるのか、約3年をかけて何度も議論を重ね、2021年についに辻󠄀調理師専門学校で日本茶の授業がスタート。
趣旨は「日本茶の文化的な背景を理解し、正しい日本茶の淹れ方を学ぶこと」。基礎知識から懐石に欠かせない茶道の体験まで、日本の食文化の担い手として身に付けておくべき日本茶の知識を学び、科学的・論理的な視点からお茶を扱えるようになることを目指すものです。
学生たちは夏休み期間中の5日間で、実践を含めて主に以下のような内容を学びます。
●日本茶の基礎知識(淹れ方・種類・生産方法など)
●煎茶・玉露・水出し茶の飲み比べ
●日本茶の歴史と日本茶を取り巻く産業
●現代における日本茶
●日本茶を抽出する(抽出の原理原則の理解・実践)
●鑑定(日本茶の評価方法)
●味を言語化する・表現する
●合組とシングルオリジン、オリジナル合組茶づくり
●茶道・茶懐石に大切な薄茶と濃茶を学ぶ
「要は、いろいろなお茶に触れ、知り、自分の言葉や技術で日本茶を表現できるようになることです。まずは『お茶を淹れてみよう』からスタートして、飲み比べをしながら茶種や品種、湯温や抽出時間による味の違いを体感したら、今度は科学的観点からなぜそうなるのかなどの味づくりのロジックを学んでいきます。
現場のプロとして、製茶問屋を営む『多田製茶』の多田雅典さんに外来講師としてご協力いただいているんですよ。合組の考え方や味の表現方法など、生徒たちが職人仕事に直接触れられる機会になることはもちろん、今から茶問屋さんと関わりを持っていれば、将来独立した際に仕入れのルートやビジネスパートナーとしてもつながることができます。限られた時間ではありますが、“現場で活きるホンモノの授業”になっていると思います」
最終日には試験を実施し、その後ふたたび茶葉を並べて生徒と教員が一緒になりディベートを行うのだそう。また2022年からは日本茶アドバイザーの資格試験も受験できるよう整え、今年は留学生を含む35人の学生が受験しました。
歴史背景や生産・製造・抽出における科学的知見など、幅広い知識が問われる日本茶は、一流料理人を目指す辻󠄀調理師専門学校の学生たちにとってもけっして容易に極められるものではないと若林さんはいいますが、「将来、必ず役立てたい」「これからは旅先で、産地のお茶を飲みたい」と、満足度は非常に高いと話してくれました。
世界へ日本茶を。各国の料理と日本茶が出会えば、食の楽しみはもっと広がる
世界中のさまざまな場で多様性が求められる今、それは、料理界においても例外ではありません。「食の楽しみ」はすべての人が持つ権利だからこそ、どこの国に行っても、好きな料理に好きな飲みものを合わせて自由に楽しめるべきであり、日本の美味しいお茶は、その可能性を大きく広げるのではと若林さんは話します。
「海外にはお酒をまったく飲めない文化を持つ方々がいます。そういう方々にも日本茶なら、より豊かな食体験を届けられるのではないでしょうか。ワインのように料理ごとにペアリングやマリアージュも提案できますし、料理に合わせたお茶を料理人がつくることもできます。
ここで学び、羽ばたいていった卒業生たちにぜひ日本茶を……、日本の食文化を、世界に向けて発信してほしいですね」
若林聡子
辻󠄀調理師専門学校 日本料理教授。イタリアン専攻志望で辻󠄀調理師専門学校に入学するも「日本料理の方が自分の舌にあう」と、在籍中に日本料理に転身。卒業後教員に。女性の日本料理人として活躍の幅を広げるべく茶道に着目し、茶を学び始める。「調理法、食材、味、彩りまで、ひとつの皿の中にいろいろな要素が散りばめられ、季節感が感じられるのが日本料理の魅力」と語る。